「次世代型自販機」を作りたい。JRスタートアップ・プログラムから始まった「日本初無人コンビニ」の軌跡。
JR高輪ゲートウェイ駅2階にある日本初の無人コンビニ「TOUCH TO GO」がオープンして2年半が経過しました。
2017年の実証実験スタート以来、最先端のIT技術、デバイス開発力、オペレーションノウハウを活かして、お客様に寄り添いながら「省人化」を実現するシステムソリューションを提供しています。
近年、人口減少や円安などの影響による深刻な人手不足が懸念されるなかで、コンビニをはじめとする小売業界において「省人化」は必須課題と言えるでしょう。
今回は、株式会社TOUCH TO GO代表取締役社長である阿久津智紀氏から「無人コンビニ」を事業化した経緯、最新のテクノロジーを駆使した店舗内のシステム、異業種への展開や海外進出など将来の展望についてじっくりとお話をお伺いしました。
−緊急事態宣言直前の2020年3月にオープンして2年半が経ちますが、どのような目的でつくられたのですか?
大きな目的のひとつが「省人化」です。JR東日本入社後、駅ナカコンビニNewDaysの店長に配属されましたが、飲料自販機は人手を使わずに1日2000円〜3000円は売れるのに、なぜ食品の自販機は売れないのか疑問に思っていました。
さらに、シードル(りんごから作ったスパークリングワイン)を作るプロジェクトで青森に住んでいましたが、多くの店舗が6〜8月で年間の6割以上を売り上げて冬場は人件費だけがかかってしまいます。
このような人出不足や人件費に関する課題を解決するために、「JR東日本スタートアッププログラム」で最優秀賞を受賞した「サインポスト」と連携し、2017年に実証実験として大宮で日本初の無人店舗をオープンさせました。
ーJRは非常に堅実なイメージがありますがスタートアップで苦労したことなどはありますか?
確かに、社内では、失敗は許されない雰囲気がありますが、実際にスタートして周囲から評価が得られると、風向きが大きく変わりました。
大宮店がオープンした際には、多くのメディアに取り上げていただきましたし、何よりもお客様が楽しそうに買い物している姿が印象的で、自販機でなくても、これならば食品が売れると確信しました。
さらに1年後、キヨスクが閉店した跡地に2店目をオープンし「閉店したコンビニを活かそう」という使命感もあり、今後もさらなる飛躍を目指すために、「TOUCH TO GO」を設立し今に至ります。
「無人店舗でも運営できる」風向きは完全に変わった。目標は2024年度末までに全国で1,000店舗。
ーお客様の反応やビジネスとしての感触はいかがですか?
最初は、観光地という物珍しさもありますし「無人コンビニを運営したいけれど如何に実現させるのか」を知りたいというお客様がかなり多くいらっしゃいました。
現在は、ファミリーマートの細見社長とともに、2021年3月末にファミマ導入1号店となる「ファミマ!!サピアタワー/S店」を丸の内でオープンし、2024年度末をめどに全国で1,000店出す目標を掲げています。
コンビニ業界の方々と連携するようになってから、世の中が「無人店舗でも運営できるんだ」という認識に変わり、この数年でかなりビジネスとしての手応えを感じるようになりました。
ーオープンから2年半が経過しましたが、収支はいかがでしょうか?
人件費を限りなく抑えていることもあり、収支は全く問題ありません。
一般的なコンビニは1日50万円程度の売上がなければ収益が合いませんが、マーケットが飽和するなかで、50万円を安定して売り上げるのは非常に難しい状況に陥っています。
1日10万円であれば売上を確保できる場所はたくさんあるのですが、現在のコンビニのシステムでは、飲料自販機しか置けない現状があります。
そういったマーケットで勝負できる店舗を作ることが「TOUCH TO GO」のコンセプトなので、今後もさまざま場所で店舗展開したいと考えています。
従来の無人レジから一線を画する「ウォークスルーの次世代お買い物体験」を最新テクノロジーが実現
ー実際の店舗を拝見しましたが、どのような仕組みで決済されているのですか?
「TOUCH TO GO」では、セルフレジの先をゆく決済システムとも言われる「ウォークスルー決済」を採用しています。
「ウォークスルー決済」では、レジを通り過ぎるだけで決済が完了するので、従来の無人レジのように商品をスキャンする必要がありません。
システムとしては、お客様が店舗に入ると、天井に設置したカメラと店内の紫外線、商品店に設置した重量計のデータを組み合わせて、誰が何を買ったのかをAIが判断します。
カメラは止まっていて人が動いているので「車の自動運転の逆バージョン」と考えて貰えば分かりやすいかもしれません。
従来のセルフレジのように商品をひとつひとつスキャンする必要はないのでレジに並ぶ必要はなく、タッチパネルに表示された購入内容を確認するだけで決済が完了します。
ただし、小さな子供が親に隠れてしまったり、仲の良いカップルが重なってしまうと、スムーズに商品を認識が難しいケースもあります。
ー分析したデータは店舗の配置などにも生かされるのでしょうか?
小売業ではデータ活用があまり進んでおらず、「人間の目は左から右に動く」「棚の上から2段目が売れる」などよく耳にしますが、データを基にした実証はなされていません。
今後、「棚の前で何秒考えて静止しているのか」「コーラとペプシがあった場合、ペプシを手にとった後にコーラに決めた人は何人いるのか」といったことは全てデータベース化できるので、それをマーケティングに利用したいと考えています。
「普段通りの買物」ができる場所を提供したい。テストを重ねて快適な空間を目指す。
ー気軽に店舗を利用してもらうような戦略はありますか?
「無人コンビニ」のシステムを採用する場合、「クレジットカードに紐つけて、QRコードを読み込ませて入店を許可する」というのが一般的ですが、私たちが目指すのは「普通の買物」です。
店舗にいかに入りやすくするかについては、動線などを含めて検討している最中です。
「棚よりもフックで吊るす方が良い」「売上の少ないタバコの場所を狭くする」「お弁当とお酒のケースは最低でもこれだけ必要」など、テストを重ねながら各店舗にフィードバックできればと考えています。
ー万引きにはどのように対処しているのですか?
決済が終わらないとゲートが開かないので、技術的には万引きはできない仕組みになっています。
監視カメラなど心理的なハードルも高いこともあり、万引きはしづらいのではないでしょうか。
利用いただいている店舗さまでもほとんど棚差は出ていない状況です。
世界的にも「省人化」の流れは止まらない。お客様と店舗双方にWin−Winなシステムを。
ー将来的に大型スーパーや「AmazonGo」のような店舗展開も検討されているのですか?
スーパーなどの運営は可能だと思いますが、私たちのコンセプトは「マイクロマーケットで店舗数を増やして効率化を極限まで高めよう」ですから今のところ大型店は考えていません。
「AmazonGo」は、リアルで得たデータをいかにECに生かすシステムですが、私たちは「小さなスペースでいかにリアルに買物してもらうか」を追求してきたので、それはこれから先も変わりません。
リアルな購買は「あったら買うけどなければ買わない」というスタイルなので、いかに「あるから買おう」という環境を作り出せるかが勝負だと考えています。
ー別の業種で「TOUCH TO GO」の仕組みを取り入れた店舗展開は可能ですか?
コロナ禍では、福利厚生で運営している社員食堂や工場など「人が多くいることを前提」に動かしていた業種からの相談を数多くいただきました。
将来的には、24時間お店を開けて欲しいという要望がある企業や工場、郵便局、物流センターなどに「やぐら式」でおけるような店舗を作る構想を練っています。
人が減ったとしても、便利な買い物を維持できるような「次世代の自販機を作りたい」を目指しています。
ー「TOUCH TO GO」のシステムは海外にも輸出できそうですが、そういった需要はあるのでしょうか?
現在、パートナーのお力をお借りして、ヨーロッパでも話が進んでいますが非常に好評いただいています。
かつてのヨーロッパは自販機を設置しても、お金や商品を盗難されてしまうので、無人店舗など考えられなかったかもしれません。
しかし、ヨーロッパの人件費は日本より高額ですから、省人化しなければ売場が維持できないところまできています。
無人店舗の流れは今後も加速していくのではないでしょうか。
最近は、防犯カメラが発達しているので、検討を重ねながらお客様と店舗側どちらも「Winn -Win」で展開できる仕組みを構築する予定です。
売上をあげる「足し算」の時代は終わった。生き残るためには「引き算」の発想が必要。
ーコンビニ業界を含めて日本の将来にどのようなイメージを抱いていますか?
現状では、人手不足を外国人の方などで補っていますが、円安が進めば働き手がいなくなるし、お店に人が来なくなるでしょう。
そういった状況で、24時間コンビニを経営する場合、人手不足からシフトが組めなくなりますし、マーケットの縮小から出店も難しくなります。
これからは売上をあげる「足し算」ではなくサテライトを設置するなど、省人化によって人件費をどこまで抑えられるかという「引き算」が重要になるでしょう。
ー都心部の発展が進む一方で、地方が廃れていくことに関する危機感はありますか?
そもそもの出発点は、青森にいた頃に描いた「人がいなくても地域のものを売れる仕組み」を作ることですから、地方を何とかしたいという思いは強くあります。
しかし、いきなり地方を目指しても、マーケットが合わないですし、田舎の人は保守的ですから、斬新なシステムを導入するのは厳しいのではないでしょうか。
2030年には必要な労働力の10%が不足すると言われるなかで、地方におけるライフラインであるコンビニの閉店を食いとめる意味でも、テクノロジーを駆使した「省人化」は必要不可欠だと考えています。
終わりに
POINT
- 株式会社TOUCH TO GO は東日本旅客鉄道(JR東日本)100%子会社のJR東日本スタートアップと、サインポストが共同出資し、2019年7月に設立された。
- JR高輪ゲートウェイ駅「TOUCH TO GO」は2017年から大宮駅、18年から赤羽駅で実証実験を行った決済無人化の取り組みの第3弾である。
- 2021年3月末にはファミマ導入1号店を丸の内でオープン。2024年度末をめどに全国で1,000店という目標を掲げている。
- 労働力不足により事業継続の危機に立たされる業界が増加するなかで、最先端のIT技術を生かした「省人化 」を実現するシステムソリューションは必要不可欠である。
いかがでしたでしょうか?
近い将来、人件費の高騰や労働力不足によって、私たちが今まで当たり前だと思っていた「買物」ができなくなる可能性も充分に考えられます。
労働人口の不足や市場の縮小が強く懸念される日本の小売業において、「省人化」は必要不可欠です。
今までと同じような豊かな生活を守り、維持するために「TOUCH TO GO 」が提供するシステムソリューションは、大きな鍵を握っていると言えるでしょう。
interviewee
株式会社TOUCH TO GO
代表取締役社長
阿久津 智紀氏
JR東日本のCVC。JR東日本スタートアップ株式会社マネージャー。
2004年JR東日本へ入社。駅ナカコンビニNEWDAYSの店長や、青森でのシードル工房事業、ポイント統合事業の担当などを経て、ベンチャー企業との連携など、新規事業の開発に携わる。19年7月より現職
TEXT:PreBell編集部
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