ネットの未来は、リアルとバーチャルが融合する世界。落合陽一さんインタビュー
インターネットは、電気、ガス、水道につぐ「第4のインフラ」と言われるほど、私たちの生活に根ざしたものになっています。そして、10年前、20年前に「こうなったらいいのにな」と思っていたことが、どんどん現実のものとなっています。
携帯電話からスマートフォン、そしてスマートウォッチへ。子どもの頃にテレビで見ていた、「腕時計で電話をする」という夢は、もはや達成されました。
インターネットと現実の世界はどこまで近づくか、またその結果、私たちの生活がどこまで便利になってゆくのか。今回は、メディアアーティストであり実業家、そして筑波大学助教も務める「現代の魔法使い」落合陽一(おちあいよういち)さんにお話を伺いました。
落合さんは、デジタルとアナログの世界を組み合わせた斬新なアート作品や研究で知られています。その落合さんの目に、未来はどう映っているのでしょうか?
現実のペットボトルとバーチャルのペットボトルの区別がつかない世界
落合さんは、筑波大学で「デジタルネイチャー研究室」を主宰しています。デジタルネイチャーとは、現実のモノとバーチャルのモノがどちらも当たり前に混在している「ミクスドリアリティー」(MR)という世界が当たり前になり、それを人が受け入れている状態のこと。
「ちょっとこれ、見てみてください」
Digital nature pic.twitter.com/Z21F2jav33
— 落合陽一/Dr.YoichiOchiai (@ochyai) 2017年1月25日
「現実の世界のなかに、CGの金魚が泳いでいます。これが、デジタルネイチャーのイメージです」
「たとえば、ここにペットボトルがあります。その横にCGのペットボトルがある。最初はどちらも区別できますが、CGの精度が上がり、本物と区別がつかなくなるようになったら、もう僕たちは実際のモノとデータできたモノという区別をしなくなる。何が物質で何がデータ上だけの存在なのかということを気にしない時代になるのではないかと思っています。それがデジタルネイチャーです」
現在は、私たちは現実のモノしか見えません。データでできたバーチャルなモノは、パソコンやスマートフォンなどの画面越しでしか見ることはできません。
ミクスドリアリティーが、現実の世界により広がってゆく
しかし、先日マイクロソフトから発売されたMRゴーグル「HoloLens」は、現実の世界に3D映像を重ね合わせて表示するというもの。これを使えば、現実世界とバーチャルなモノを同じように見ることができます。じつは、先ほどの金魚の映像はこのゴーグルを通して見た世界です。
実際にHoloLensを使うと、現在自分がいる空間の中にバーチャルなモノが浮かび上がります。机の上にはCGでできたハムスター、空中にはCGの金魚が泳ぎ回り、壁にはTwitterのウィンドウが開いている。現実世界に、バーチャルの世界が融合するのです。
「たぶんこの世界が進んでいくと、リアルなモノとデータのモノの区別がつかなくなる時代がくると思うんです。今はまだCGの解像度が低いから見分けがつくけど、解像度が上がればリアルなモノとそっくりなデータができる。そうなったとき、僕らが、それが本物なのかデータなのかを気にしなくなる、ということが大事なんです」
その一端は私たちの生活に見られます。例えば会議でメモを取る場合。手帳にペンでメモを取る人、パソコンで入力する人、スマートフォンを使う人。今は、誰がどんな方法でメモを取っても気にならなくなってきました。
つまり、もう私たちはデジタルネイチャーの世界に片足を突っ込んでいる状態、というのが落合さんの考え。
「手帳に書いた文字だけが本物で、パソコンで入力したメモは偽物。そんなことを思う人はいないでしょう。どちらもリアルなのです。そうなってくると、人間の持っている性質やデジタルの持っている性質は変わってくると思います。距離や空間、モノの違和感というものがなくなって、みんな同じ線上で考えられるようになるでしょう」
データには質量がない、それがデジタルネイチャーのキモ
HoloLensのような機器が一般の人たちでも手に入れられるようになり、MRが身近になってきています。そうなると、私たちの生活にはどういう変化が起こるのでしょうか。
「リアルなモノは、モノの上にしか置けないんです。テレビは床やテレビ台の上にしか置けません。でも、空中に固定できたら最高じゃないですか。MRの世界では、データに質量はないので、どこにでも固定することができる。これはとても大きなことです」
今は、インターネットに接続するためにはパソコンやスマートフォンといったデバイスを使う必要があります。しかし、デジタルネイチャーの世界では、ディスプレイを空中に浮かび上がらせることも可能になるそう。
また、必要なときだけモノやディスプレイを表示させて、不要になったら非表示にすることも可能。つまり、パソコンやスマートフォンといったデバイスに縛られることなく、生活のあらゆるシーンでインターネットに接続して、欲しい情報を得ることができるというのが、落合さんの考える未来の世界の姿。昔、SF映画やアニメで見た、“宙に映像が浮かぶテレビ電話”が現実のものになる日も近いのではないでしょうか。
ただし、落合さんはそれに至るまでにはまだ問題があると思っているそうです。それはデバイス。HoloLensをはじめとしたMR/VRゴーグルの重さに、まだ人間が耐えられないのだそう。
「例えば、楽な姿勢でテレビを見ていれば疲れません。しかし、渋谷のスクランブル交差点にあるビジョンを1時間見続けるのは疲れますよね。今後、デザインの分野においてこの辺りを解決することが極めて重要だと思っています」
コミュニケーションも、AIにより合理化
今後、MRの技術が進み、生活に取り入れられるようになると、コミュニケーションの方法も変わると落合さんは語ります。具体的には、音声認識が発達するとのこと。
「空間に最適な入力インターフェイスが、いまのところないんです。バーチャルで表示されたキーボードで文字を入力するのはすごく疲れる。空中に浮いたキーを触ったりするわけなので、打鍵感もないし。だから、音声認識が重要になってきます」
もともと、音声というのは伝達速度および情報量が豊富であると言う落合さん。映像よりも音声のほうが先に認識できます。MRの世界が進むと、音声認識によるさまざまな操作が一般的になるそうです。
落合さんの考えるデジタルネイチャーの世界では、人間同士のコミュニケーションにも変化が訪れます。ビジネスの現場では、Slackのようなコミュニケーションツールが発達し、上司の言ったことが瞬時に多言語に翻訳されるということは、起こりうることでしょう。デジタルツールを使うことで、コミュニケーションが合理化されます。
「スマートフォンの予測入力もすごく言語の合理化だと思いますね。みんなが予測変換で表示される言葉を入力するので、知識レベルに関係なく誰もが同じ言葉を使うようになってきています。“テンプレ化”と表現できちゃいますよね」
──私たちは、携帯電話を手にしたときから、予測変換を行うAI(人工知能)に知らず知らずのうちに言語をコントロールされていたというわけですね?
「人間は、人工知能によってテンプレ化されているとは思っていないわけじゃないですか。でも、予測変換という人工知能によってテンプレ化されてきたんです。“人工知能の介在が怖い”と言っている人もいますが、そんな人もスマホでメールを打っているわけです。最終的に送信ボタンを押しているのは僕らだから、僕らに意思決定権があるという説もあるとは思いますけどね」
ホコリが積もっているものはデータに置き換えられていく
デジタルネイチャーな時代が本格的にやってくると、今まで手にしていたモノのほとんどをデジタルデータで所有する時代になっていきます。落合さんは「住居の内側のインテリアはすべてバーチャルで置き換えられると思う」と話します。
「家の中で、ホコリが積もっているものはほとんどバーチャル化すると思いますよ。ホコリが積もるということは、触られていないということ。壁にかかっている時計、ハンティングトロフィーなどもそうですね。あれはデータで全然かまわないと思います」
一方、腕時計やドアノブなど日常的に触るものは、データではなくリアルなモノとして残っていくとのこと。
──では、データ化されたバーチャルなモノが家の中に増えてくると、私たちの生活はどう変わるのでしょうか。
「データのモノは無料になって、リアルなモノは高いという価値観が生まれますよね。そうなると、まず無料データでモノを提供して、それをきっかけにリアルなモノの購入につなげるというビジネスが生まれるかもしれません。天井からデータでシャンデリアやモービルがぶら下がっていたら、本物が欲しくなるかもしれない。机の上にバーチャルなハムスターがいてかわいい仕草をしていたら、生きているハムスターが欲しくなるかもしれない。バーチャルな高級家具が部屋の中にあったら、その家具が欲しくなりそうですよね」
今は、紙のチラシや写真といった2次元データで商品を選ぶことがほとんど。これがデジタルネイチャーの時代になると、3Dで商品を選ぶことができるようになりそうです。そうすると、どんどんいろいろなモノが欲しくなるかもしれません。
身体の改造もあたり前の時代に……?
このような世界を実現するには、MRゴーグルの小型化は必須だそう。今のままでは、長時間ゴーグルをしていることが難しいためです。
最終的には、コンタクトレンズのように小型化されるかもしれません。また、直接眼球にレンズを入れる整形手術が流行する可能性もあります。
落合さんは、10年後に自身がそういう人体改造をしているかもしれないと話します。
「友達と話していても、最初に入れるのは僕しかいないという話になります(笑)。僕、視力矯正の手術をして、眼球の中にレンズを入れているんですよ。だからあまり抵抗はありませんね。ディスプレイを入れられるなら、ぜひ入れたいと思っています」
2017年ではまだ笑い話かもしれませんが、おそらくそのような手術も、10年後、20年後には当たり前になっているのかもしれません。
デジタルとアナログの境界線はあやふやになり、やがてひとつの世界へ。それがデジタルネイチャーなのです。
メディアアーティスト 筑波大学助教 デジタルネイチャー研究室主宰
落合 陽一
1987年東京都生まれ。筑波大学情報学群情報メディア創成学類卒でメディア芸術を学び、東京大学で学際情報学府にて博士号を取得(学際情報学府初の早期修了者)。2015年より筑波大学助教現職。映像を超えたマルチメディアの可能性に興味を持ち、映像と物質の垣根を再構築する表現を計算機物理場(計算機ホログラム)によって実現するなど、デジタルネイチャーと呼ばれるビジョンに基づき研究に従事。情報処理推進機構より天才プログラマー/スーパークリエータ認定に認定。2015年、世界的なメディアアート賞であるアルス・エレクトロニカ賞受賞など、国内外で受賞歴多数。
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