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2018.03.13 妊婦さんへの「席譲り実験」はうまくいった? 東京メトロが実験した「心と心のマッチングサービス」の行く先とは

東京メトロは2017年12月に「妊婦さんへ「やさしさ」を届けよう!LINEで席ゆずり実験」を行いました。これは電車内で席に座りたい妊婦と譲りたい乗客をLINEでつなぐというもの。実験の結果は果たしてどうだったのでしょうか。東京メトロにお話を聞きました。

東京メトロが行った実験とは?

Webライターの長橋です。皆さん、普段電車にはどれくらい乗っていますか? 僕は仕事柄、いろいろなところに取材に行くので電車は頻繁に使いますし、地下鉄もかなりの頻度で利用しています。

東京メトロが行った実験とは?好きな地下鉄は銀座線です。

さて、東京メトロ銀座線内で2017年12月、電車内で席に座りたい妊婦と譲りたい乗客をLINEでつなぐ社会実験が行われたことをご存知でしょうか。

東京メトロが行った実験とは?

簡単に言うとこれは、LINEを活用して電車内の「座りたい妊婦」と「席を譲りたい人」のマッチングを行うサービス。具合が悪くなったり、疲れやすかったりする妊娠中の身体。「座りたい」思いを抱えながらも、混み合った電車で席を譲ってもらうことを諦めてしまう。そんな妊婦の人たちに向けたものなのです。

サービスの概要は素晴らしいとはいえ…。

この実験の概要を聞いただけでは、「正直、どれくらいの効果があるの?」と思いやしないでしょうか。

  • 声をかけるのは恥ずかしいけど、席を譲りたいと思う人。LINEの画面を見せることは恥ずかしくないのかな?
  • 実験でどのくらい人が集まったの?
  • これってもしかして、新手のマッチングサービス?

など、いくつかの疑問が湧いたのですが、僕の小さな脳みそでは考えてもよくわからなかったので、本日は東京メトロさんに伺い、実験の経緯や結果を聞いてみることにしました。

東京メトロに話を聞きました

東京メトロに話を聞きました左・天野さん、右・中山さん
本日はお忙しい中ありがとうございます。早速お聞きしたいのですが、これってどのような経緯で実験をするに至ったのでしょうか。
天野さん、どうぞお話してください。
いえいえ、中山さんが提案されたものじゃないですか。中山さんがお話して良いですよ。
いえ、でも私、話すの得意じゃないので…。
さすが東京メトロさん。こういう場でも「譲り合い」が生まれるんですね。
あ、いえ…。すみません(笑)。
東京メトロに話を聞きました

実験の経緯とは?

ざっとご説明すると、去年の6月に、私が社内提案制度を使って今回の実験の元となるプレゼンをしたんです。この社内提案制度は、「プレゼンが審査に通ったら、実現可能性の検証のために実証実験に移れる」という仕組みなのですが、その審査に通って。実現に向けて模索していたところ同じ想いで活動していた一般社団法人PLAYERSさんの「スマート・マタニティマーク」の存在を知りお声がけしました。

その後、「スマート・マタニティマーク」のアイデアを展開した「&HAND / アンドハンド」が「LINE BOT AWARDS」でグランプリを受賞したことでLINEを活用する方向が見え、大日本印刷(以下DNP)さんの協力も得られ、実証実験までたどり着きました。LINEさんがプラットフォームを無償で提供し、DNPさんがプロジェクト全体の設計・運営とシステム構築、「&HAND」を発案したPLAYERSさんがPR協力、東京メトロが実験とPRの場を提供するという体制で行いました。
なるほど、そうだったのですね。このようなサービスを使った解決方法の構想は、以前からお持ちだったんですか?
電車に乗車している妊婦さんを含む交通弱者に対して、前から「何かできることはないかな」と思っていたのです。サービス自体は「提案制度に出してみたら?」と声をかけられて、そこで初めて思いつきました。
妊婦さんは、「マタニティマーク」を付けている方が多いですよね。やっぱりあれだけでは、席はあまり譲られにくいのでしょうか。
実験の経緯とは?マタニティマークは東京メトロのみならず、基本的にどこの駅でも配布されている。
「マタニティマーク」を付けることによって席が譲られ易いかは分かりませんが、電車で通勤する妊婦さんのうち、約28%の方しか席を譲ってもらえた経験がないと聞いたことがあります。
すくない…。
これには大きく分けて2つの理由がありまして。1つ目は、「声をかけて断られるのが恥ずかしい」という声です。譲りたい気持ちはあっても、実際の行動まで移せないっていうことが多いらしいんですよね。
そうなんですね…。
もう1つ大きい理由があるのですが…。長橋さんは電車の中で、普段何をして過ごしてらっしゃいますか?
実験の経緯とは?
スマホでTwitterを見ていることが多いですね。メールを返したりとかも…。
そう、スマホなんです。車内でスマートフォンを見る方がここ数年で大幅に増加しまして、そうすると画面に夢中になっている方は、前に立っている「マタニティマークを付けた妊婦さん」に気づかないんですよ。
なるほど…。確かに電車に乗っている時、意識的に周りを見渡していなかったですね。
その大きな2つが、今回の実験によって解決できるかもしれないと考えたんです。
実験の経緯とは?

実験の結果は?

今回の実験の概要を改めてご説明しますと、
  1. 妊婦さんにLINEで「&HAND」の友だち登録をしてもらう
  2. 妊婦さんがLINEを通じて、「座りたい」と意思表示をする
  3. 同じ車両内にいるLINEで「&HAND」の友だち登録をしているサポーターに、近くに妊婦さんがいるという通知が送られる
  4. サポーターは自分の席の位置を指定して、妊婦さんに送る
  5. サポーターは「ゆずります」画面を出して妊婦さんを探し、妊婦さんはサポーターのいる位置に近づく
  6. お互い声をかけて席をゆずる
という仕組みです。
ということは、これって要するに「マッチングサービス」なんですか? 今世界的に流行しているという…
世界的に流行している「マッチングサービス」とはまったく違います(笑)。いわゆるマッチングサービスは個人同士が直接やりとりを行うものですが、「&HAND」はメッセージのやりとりは全てチャットボットを介して行われるため、LINEのアカウント名やアイコン画像、IDなどを含め個人的な情報を相手に知られることはありません。そこは安心してご利用していただけるのかなと。
「心と心のマッチングサービス」ってことですね。
そう、ですね(笑)。
通じ合えてよかったです。それで、この実験は昨年の12月、銀座線で5日間連続で行ったということでしたが。成果ってどのくらいあったんですか?
実験の結果は?
まず、アカウントに友だち登録していただいたのが、11,304人でした。
短期間で結構な人数が登録されたんですね。その中でも実際に実験に参加した方はどのくらいいたのでしょうか。
だいたい270人くらいの方にサポーターとして参加していただいて。妊婦さんはこちらでお声がけし、電車に乗ってもらいました。各回に2名の妊婦さんに乗車いただいたのですが、最終的には約86パーセントの確率で席に座れたという結果になってます。
86%は高い数字ですね。
そうですね。今回は限定した場所と時間、そして事前に参加者を募っていたので、高い数字が出たのかもしれません。ただ、現場で参加している皆様の様子を見ていると、車内が優しさに包まれている空気感が明らかに分かるんです。そこで「これは良い仕組みなんだな」と改めて思いましたね。
実験の結果は?
やってみて良かったなっていう感じなんですね。
参加された方は、優しい人がこんなにいて感動したとおっしゃってて。
優しさのマッチングができたんですね。
そうですね(笑)。
「声をかけて断られるのが恥ずかしい」という問題が、これによってハードルがさがるんです。妊婦さんから「座りたい」という意思表示がされることによって、サポーターは「断られたらどうしよう」から「席に座りたいんだ!声をかけよう!」という意識に変わるんです。
確かにこれだったら恥ずかしくないかもしれません。もう1つ、席を譲る際の懸念としてはスマホをいじっている人が多いということでしたが…。
はい。皆さんスマホを見ているので、だからこそLINEの通知にも気付きやすいんです。
そういうことですよね! それであれば意識的に周りを見なくても、妊婦さんに気づけますね。みんながスマホを見ていることをあえて生かしていると。
実験の結果は?

実験の課題、今後は?

今回の実験をやられて、なにか課題のようなものも見えてきたんでしょうか?
実験は朝の10時から夕方の16時までの時間帯で行ったのですが、これがもし満員電車であれば「身動きが取れなく」なり、席を譲ろうとするサポーターがいても移動ができなくなります。でも一番妊婦さんが辛いのは満員電車だったりするんですよね。このようなお困りの状態を少しでも解消できるようなサービスにするにはどうすれば良いのかを&HANDプロジェクトチームの皆さんと考えていますね。
多くのメディアに取り上げていただいたので、それだけ課題を感じている方が多いのだなと改めて認識しました。社内でも「いいことだね」という意見も飛び交っていて、やってよかったと思います。
「お金を儲けたいから作った」とか「何かをアピールしたいから」とかではなく、これって「善の気持ち」だけで作られているじゃないですか。なのでそういう意見が集まってきたのかもしれないですね。
そうですね。ただやっぱりサービスを作って運用するには、費用がかかります。この取組みを持続的なものにしていく仕組みも考えなければならない、というのも課題です。
現実的な話、そうですよね…。ただこれが本格的に実装されるってなったら、めちゃめちゃ大きな話になるのかなと思うんですが…。もし実装するなら、東京メトロだけでなくて他の鉄道会社にも展開できそうですよね?
そうですね。そもそも&HAND構想は、東京メトロのサービスではなく、身体・精神的な不安や困難を抱えた人と手助けしたい人をマッチングし、具体的な行動を後押ししていく組織を超えたプロジェクトです。今回の仕組みの場合、基本的にLINEを使っていれば誰でもできるので、電車に限らず、空港や街中などどこでも使える形になればいいなと思います。ただ、今回の仕組みはあくまでもプロトタイプなので、本質的な見直しも考えなくてならなくて。最終的にはこういうものがなくても、やさしさにあふれる社会になればいいなと皆で話しています。
はい。
私たちって東京で生活しているんで、東京メトロとか都営地下鉄は結構当たり前のようになっているんですけど、地方や外国から来られる方は、メトロだったり都営だったり、JRだってわからないと思うんです。

私たち交通事業者は、そういった地方や外国から来た方々も含めた全てのお客様が安全に、そしてスムーズに移動できるようにすることが使命だと考え、その使命を果たすための施策に取り組んでいるんです。そこに「お客様同士のやさしさ」が加わることで、より高いレベルでその使命が果たせるのではとも考えています。
なので、「やさしさから やさしさが生まれる 社会」の実現を目指す「&HAND」のような取組みには積極的に協力していきたいと考えています。
僕もよく東京メトロさんを利用させてもらっているのですが、確かに「これもうちょっと便利になったら良いのにな」と思うことはちょくちょくあるような気がします。でも今回お話を聞いて、「ちゃんと未来を作っているんだなあ」と思ってなんだか安心しました。

これからも東京メトロ、率先して乗らせていただきます。

ありがとうございます、宜しくお願い致します(笑)。
実験の課題、今後は?

お話を聞いて

今回東京メトロさんにお話を聞いて、個人的に思ったのは「こういうサービスは、本当は必要ない世の中が良いけど、今回のような形で背中を押してあげるようなものがあるのは良い」ということ。

マタニティマークだって席譲りサービスだって、そこに気づくことができさえすれば、多分絶対に必要なものじゃないと思うんです。ただやっぱり意識をしていないと気づけないのが現状。恥ずかしいことに、僕自身も妊婦さんに席を譲ったことは今までなく、むしろ気づいたこともなかったかもしれません。

ただ、今回の実験を聞いて、また参加した人は特にだと思いますが、「気づこうという意識」が高くなり、そうすると自然に「譲る」という行動に変わると思うんです。

また、インタビュー中に天野さんは「社内提案制度を使って実証実験に至ったのは、いままで1件しかなかったんです。ただ今回の中山さんの提案が通り、社内に『私も手をあげてみよう!』という空気が生まれた気がします」とおっしゃっていました。

もしかしたらこれからの未来、私たちが気づかないところでいろいろなサービスが生まれ、それによりグッと暮らしやすくなったりするのかもしれません。東京メトロに限らずとも、インターネットを使った新しい仕組みに、ちょっと注目してみても面白いかもしれませんよ。

おしまい。

TEXT:長橋 諒
PHOTO:安藤きをく
取材協力:東京地下鉄株式会社

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