血糖値管理を通じて、複数疾患の予防・治療、医療費削減を目指す。「Perfood」の展望とは
現在、世界で偏頭痛と2型糖尿病を患う患者は、それぞれ10億人と5億3700万人いると言われています。また2型糖尿病の予備群は、5億4000万人に上るという試算もあり、すでに診断されている患者の数と合わせると11億人規模です。
どちらの疾患も、個人・国家経済に大きな影響を及ぼします。偏頭痛は働き盛りの成人の間で一般的な病であり、頭痛が始まれば、仕事の効率が下がり、プライベートも楽しめなくなります。最長で72時間ほど頭痛が持続したケースもあり、その場合には個人だけでなく、雇用主の経済的な損害に繋がりかねません。
また2型糖尿病と診断された場合、長期的な治療が必要です。病状が進行していれば、心臓病や失明、腎臓疾患、足切断などの合併症に発展する可能性もあります。そうなれば、個人が負担する治療費も莫大な額になり、また国の医療財政にも多大な影響を及ぼします。実際に、1年間に世界で費やされている糖尿病治療にかかる医療費は、およそ1兆ドルに達するというデータも存在するのです。
偏頭痛と糖尿病は、全く異なる疾患のように思われますが、実はどちらも血糖値と深い関係にあります。食生活や血糖値をコントロールすることで、予防や治療が望めるのです。糖尿病予備群の方でも、事前にうまく予防ができれば、高額な医療費負担を避けることができるほか、生活の質を高く維持することができるでしょう。
これらの深刻な疾患の予防・治療をセンサーとAI技術で目指そうとしているのが、ドイツ・リューベックを拠点とする「Perfood」です。血糖値をモニター・管理し、食生活を改善することで、利用者を健康面・経済面の両方から支援する取り組みを行なっています。
今回は、Perfoodの創設秘話やそのサービス、今後の目標、イノベーションを生み出すのに必要な考え方について、同社の共同創設者兼CEOであるドミニク・ブルジウォーダさんにお話を伺っていきます。
- Perfoodは、偏頭痛、2型糖尿病、糖尿病予備群などを対象とした血糖値モニター・管理、食生活改善サービスを提供している
- 血糖値は痛みを伴わないセンサーでモニターし、それを元にAIがより理想的な食生活を提案する。利用者はアプリで閲覧可能
- 今後は癌や尋常性痤瘡、食品アレルギー、その他の炎症性疾患の予防・治療向けにもサービスの拡張を予定している
- 「安定した仕事」神話に惑わされず、包括的・客観的にリスクを見極め、長期的に楽しんでスキルアップできる仕事を探すべし
ーPerfoodが提供するサービスについて教えてください。
ブルジウォーダ:人体が使うエネルギーは、主に炭水化物、タンパク質、脂質の3つから生成されますが、最も重要なのは炭水化物です。炭水化物は体内でグルコース(糖)に変換されますが、体内のグルコース量が多すぎると血糖値が上がり、肥満などの他の要因も重なれば、2型糖尿病や炎症性疾患などを引き起こします。
血糖値の上昇量や推移は、個人の食生活や、個人が属するコミュニティの食文化に大きく左右されます。例えばドイツでは、朝ご飯に炭水化物であるオートミールを食べる人が多いですが、これは血糖値を上げる原因となります。
加えて、おやつに白いパンにチョコレートクリームをつけて食べれば、血糖値はさらに上がってしまいます。健康に配慮するのであれば、オートミールとパンの両方を食べるのではなく、どちらかを選んで食べるのが理想的です。
Perfoodでは、利用者による血糖値管理と食生活改善を助ける、AI(人工知能)プラットフォームを提供しており、このプラットフォームは、血糖値センサー、モバイルアプリ、AI技術で構成されています。
血糖値は、持続血糖測定器(CGM)を活用して計測する仕組みです。
Perfoodでは、CGM市場を牽引するメーカーである米国のDexcomとAbbotの製品を採用しています。CGMは二の腕に装着するタイプのもので、腕に極小の針を刺すことになりますが、小さな針なのでほぼ痛みはありません。CGMを活用して2週間ほど継続的に、利用者の血糖値をリアルタイムで計測します。
利用者は、血糖値をモニターするとともに、自身でアプリに食事内容を入力します。
すると、アプリが個別の食品がどのように血糖値に影響を及ぼすか示し、また血糖値をあまり上げない食べ物・調理方法を提案するのです。
計測された血糖値は、AIによって分析され、さらに翌日以降の血糖値の動向予測にも活用されます。
血糖値は食生活だけではなく、睡眠や運動量、ストレスなどにも影響されるので、ライフスタイルの中での血糖値の変化を包括的に把握し、それに合わせた対応ができるわけです。
血糖値の動向は、アプリを通じて医師にも共有され、治療に役立てられます。
Perfoodのサービスは、医師による処方箋の形で提供されますが、医薬品と違って血糖値をモニターするだけなので、副作用はありません。
2週間の血糖値モニター後にサービスの利用を止めたとしても、利用者は食生活やライフスタイルに関して改善点を把握しているため、それを続けていけば、サービスの恩恵をずっと享受できるわけです。
Perfoodのサービスの利用対象者は4グループに分けられ、①偏頭痛患者(主に30~50歳)、②2型糖尿病患者(主に50~75歳)、③糖尿病予備群、④臨床試験の被験者で、①と②が主な対象です。
この他、癌や尋常性痤瘡、食品アレルギー、その他の炎症性疾患などのさまざまな疾患の予防・治療向けのサービスも開発しています。
ビタミンなどではなく、血糖値に注目している理由は、血糖値に配慮して食生活に小さな変更を加えるだけで、大きな健康効果が得られるためです。また食生活の変更には、それほど費用もかかりません。
一度、糖尿病を患ってしまうと、高額な治療費を払い続ける必要がありますが、食生活を変更して予防すれば、最小限の負担で長期的なロスを改善できるのです。
生活の質も高く維持することができます。つまり、個人の家計だけでなく、国家の財政を助けることにもなるのです。
ーご自身や、他の共同創設者のご経歴を教えてください。
ブルジウォーダ:Perfoodは、2017年に4人で始めた企業ですが、私以外の3人は医師です。
そのうちの1人は私の従兄弟で、リューベック大学の医大で教鞭も取る、糖尿病と代謝学の専門家です。
他の2人の医師も栄養学や工学に精通しています。この3人が医療や技術の観点から、Perfoodで提供するサービスの構想を練りました。
私は医師ではありませんが、ビジネスや法務、財務の学位を持っており、投資会社や大手のエネルギー企業などでの勤務経験があります。このため、3人の医師のアイディアを形にするのが、私の仕事だったわけです。
Perfoodの従業員数はおよそ70人で、以前は医師や研究者、AI専門家、エンジニアなどが大半を占めていましたが、現在はカスタマーサポート、マーケティング、販売の担当者の人数も増やしています。
多くの従業員がリモートで働いていますが、定期的にリューベックにあるオフィスや宿泊施設などに集まり、親交を深めることにしています。
ブルジウォーダ:ヘルスケア分野のスタートアップが辿るプロセスは、ほぼ一貫しています。
基本的には、提供する製品・サービスのアイディアを練り、プロトタイプを開発し、臨床試験を行い、規制機関の承認を得て、投資家から得た資金を元に製品を商用化すれば良いわけです。
ただし、個別のステップは、状況に応じて複雑になる可能性があります。
Perfoodの場合には、対象疾患ごとにAIアルゴリズムや学習データを調整するのに苦労しました。
前述のとおり、Perfoodのサービス利用対象者は、偏頭痛や糖尿病の患者、その予備群なので、それぞれに適切なサービスを提供するには、AIのカスタマイズが必要なのです。
またPerfoodは、利用者に寄り添ったサービスを提供することを主眼に置いています。
Perfoodには、利用者の声を集め、サービスに反映させる役割を担う調査チームがおり、利用者と常にコミュニケーションを取っています。また、かかりつけ医、糖尿病の専門医、研究者などの複数の専門家の意見も収集しながら、適宜サービスを改善しています。
加えて、臨床試験のプロセスや方法を精査し、規制面・法律面の要件を満たすことも課題です。Perfoodのビジネスモデルの場合、規制機関からセンサーなどに医療機器としての承認を得る必要がありますし、臨床試験に協力いただく医師との連携も重要となります。
しかし、承認申請は複雑で、忙しい医師との調整も難航する場合があるのです。
さらに、多くのスタートアップが同じ課題を抱えていると思いますが、優秀な従業員の維持も大きな課題です。
IT業界では特に顕著ですが、現在の市場では離職率が高く、2年ほどで離職してしまうケースが多いです。
しかし、人を1人雇うには多額の費用がかかるため、スタートアップの経営者としては、従業員にはできるだけ長期に在籍したいと思います。
このため、Perfoodでは従業員の満足度にも配慮しており、職場環境の改善にも力を入れているのです。これにより、従業員は平均して4~5年は在籍しています。
ーPerfoodの今後の目標を教えてください。
ブルジウォーダ:現在は主にドイツ、フランス、ベルギーを中心にサービスを提供していますが、将来的には米国、日本、韓国への進出も検討しています。
しかし、Perfoodのサービスは医師の処方箋に基づいて提供されているため、保険適応が必須です。特に米国の場合、保険システムが複雑で細分化されているため、大きな課題だと感じています。
また、言語や文化が多様な国への進出は困難です。例えばベルギーの公用語はフランス語、オランダ語、ドイツ語の3つですが、それぞれを話すコミュニティには社会文化的な違いもあり、人々の健康状態や食生活にも影響を及ぼしています。
このため、個々の文化圏に合わせてカスタマイズした対応が必要なのです。米国に進出する際には、この点も大きな課題になるのではと予想しています。
一方で、中国も国家経済は大きいのですが、1人あたりのGDPが低いため、Perfoodのサービスモデルでは十分な利益が出ないと見ており、今のところ進出は考えていません。中国の政治的なリスクも気になっています。
まとめると、規制がシンプルで人口が多く、1人あたりのGDPが高い国を進出先として検討しています。またPerfoodのサービスは、スマートフォンを経由して提供しているため、スマートフォンが普及していることも重要です。
日本はスマートフォンが普及していますが、規制面が複雑な印象で、食生活にも多様性があるため、AIが活用するデータの収集やアルゴリズムの調整に時間がかかると感じています。
また日本で事業を拡張する場合、Perfood単体での対応は難しく、運営パートナーが必要でしょう。このため、日本進出についてはもう少し調査を進め、フィージビリティを確認したいと考えています。
ードイツでは日本に比べてスタートアップが多数生まれているという印象ですが、その秘訣とは?
ブルジウォーダ:日本の事情をあまりよく知らないため、逆にドイツの問題点について議論しましょう。
日本でも同様だと思いますが、ドイツでは「安定した仕事」を求める人が多いです。
安定した仕事といえば、公務員が代表的ですが、公務員であることのデメリットはあまり議論されません。個人的に、これは非常に危険なことだと考えています。
公務員になれば、解雇されることはまずありませんが、同時に馬が合わない同僚や上司がいなくならないことも意味します。
職場でいじめられるようになった場合、容易に部署を変えてもらったり、職場環境を変えたりということもできないでしょう。これは幸福な人生を送る上でのリスクであり、うつ病などの健康被害を引き起こす可能性があります。
また公務員の職場のインフラは旧式で、デスクやイスといったものからITシステムに至るまで、古く、使い勝手が悪いです。
つまり、目や腰を痛める、もしくは個人のIT面のスキルアップが難しくなるというリスクがあると言えるでしょう。
民間で働く人材は、市場の動向に合わせて次々にスキルアップしていき、給与を上げる形で転職することも可能です。
しかし、旧態依然とした組織で働く公務員は、そうはいかないでしょう。これも公務員になる長期的なリスクと言えます。私は大きな企業で仕事をしていた経験があるので、そういったリスクの重大性をよく理解しています。
起業家になれば、金銭面や社会的評判に関するリスクを抱えることになりますが、自分が楽しめる仕事ができ、成功すればリターンも大きく、必要に応じて職場環境を柔軟に変更することができます。
病に苦しむ人々など、自分が助けたい誰かを助けることも可能です。
これをドイツの多くの人は理解していません。これでは、起業家を増やし、イノベーションを生み出し続けることは難しいでしょう。
自分のキャリアを取り巻くリスクは、包括的且つ客観的に分析する必要があります。起業家にもリスクがありますが、「安定した仕事」である公務員のリスクもたくさんあるのです。
人生のうち、40~50年は仕事に捧げることになるわけですから、長期的なスキルアップややりがい、自分の幸せも考慮した上で、キャリアを選択するのが重要でしょう。
日本では、今はイノベーションが少ないかもしれませんが、皆さんが「安定した仕事」のリスクについて気付けば、徐々に変わっていくでしょう。
その潜在力が日本にあると、個人的には考えています。
KeyPoint
- Perfoodは、手頃且つ簡単な方法で偏頭痛や糖尿病などの病気の予防・治療、個人や国家の医療費削減の支援を目指している
- センサーを装用することで、利用者は自身のライフスタイルと血糖値の推移を見比べることができ、食生活の改善を図れる
- 現在は欧州を中心にサービスを展開中だが、今後は米国、日本、韓国などの他地域にも進出を予定している。規制などが課題
- 起業のリスクを過大評価し、「安定した仕事」のリスクを過小評価する場合、イノベーションは生まれにくい。適切な評価が必要
いかがだったでしょうか?
偏頭痛と2型糖尿病という一見すると関係のない疾患を、血糖値という共通点を元に予防・治療できるのは驚きでした。
食生活やライフスタイルの改善で多額の医療費を節約し、生き生きとした人生を送ることができるのであれば、日本でも多くの人がPerfoodのサービス利用を検討するのではないでしょうか。
また、ドイツの問題点の分析と、日本へのアドバイスも大変ためになる内容でした。テクノロジーの進化により、市場の動向が刻々と変化する中、個々人で長期的・短期的なリスクを考慮し、戦略的にキャリアを選んでいく時代になっていると言えるでしょう。
Perfood
ドイツ国内でも有名な、リューベック大学の医大から2017年にスピンオフ。糖尿病の患者のみを対象にする場合が多かった血糖値モニターサービスを、偏頭痛などの他の疾患にも応用していることが高く評価されている。「利用者第一」をモットーに、持続血糖測定器(CGM)、モバイルアプリ、AIで構成されるプラットフォームを活用して、偏頭痛や2型糖尿病の予防・治療、および個人・国家レベルでの医療費削減を目指している。
PHOTO:iStock
TEXT:PreBell編集部
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