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AIで宇宙の3次元地図を解読!宇宙を支配する物理法則に挑む

テクノロジーの発展により、一昔前は「IT」と呼ばれていたものが「AI」に進化し、様々な業界で仕事や研究の手法が変化しています。

名古屋大学素粒子宇宙起源研究所の宮武広直氏は、現代物理学における謎のひとつである「加速膨張」を引き起こす「暗黒エネルギー」の正体を明らかにしようとしてきました。

「暗黒エネルギー」は、素粒子論的な第5の力である可能性がある一方で、アインシュタインの一般相対性理論の破綻を意味している可能性もあります。

今回は、宇宙の観測における重力レンズ効果の研究やスーパーコンピュータを用いたシミュレーション、そしてAIなど、最先端の宇宙観測のテクノロジーについてお伺いしました。

物理が大好きな少年時代を経て「宇宙の法則」を解明する「観測的宇宙論」の世界へ

物理が大好きな少年時代を経て「宇宙の法則」を解明する「観測的宇宙論」の世界へ

宮武さんは宇宙の起源や構造形成を支配する物理法則を明らかにする「観測的宇宙論」が専門ですが、どのような研究をされているのでしょうか?

宮武氏:
ハワイのマウナケア山の山頂にある「すばる望遠鏡」の主焦点カメラ「Hyper Suprime-Cam (HSC)」による「大規模撮像銀河サーベイ」で得られたデータの解析を行なっています。

サーベイ観測とは、空のできるだけ大きい面積を覆い尽くす観測のことで、「撮像銀河サーベイ」では、一定の明るさ以上の銀河をすべて検出することができます。

HSCの画像品質は世界トップレベルです。「弱重力レンズ効果」とよばれる現象を用いて、このデータから宇宙の物質の3次元地図を作成することで、「暗黒エネルギー」の解明に取り組んできました。

宮武さんは最先端の研究に従事されていますが、どのようなことがきっかけで宇宙に興味を持たれたのですか?

 宮武さんは最先端の研究に従事されていますが、どのようなことがきっかけで宇宙に興味を持たれたのですか?

宮武氏:
理系だった父の影響で、中高生の頃は新聞などの科学記事やテレビでの科学関係のニュースに興味を持っていました。当時はすばる望遠鏡やスーパーカミオカンデなど宇宙に関する大きなトピックがいくつもありました。

ただ、私自身は星や星座に惹かれる天文少年だったわけではなく、とにかく物理が大好きな子どもでした。

東京大学では物理学を専攻し、基礎物理に興味があったため、素粒子実験が専門の相原博昭先生の研究室に入りました。

当時、相原先生は素粒子実験だけでなく、すばる望遠鏡を使った暗黒エネルギーの解明を目指す計画に参画し始めたところで、私自身も素粒子実験のためのハードウェア開発のお手伝いなどをするなかで、これから成熟期を迎える宇宙論を研究したいと思うようになりました。

「弱重力レンズ効果」で「暗黒エネルギー」の解明に迫る

「弱重力レンズ効果」で「暗黒エネルギー」の解明に迫る

宮武さんが中高生だった1990年代後半には、すばる望遠鏡やスーパーカミオカンデの運用がスタートしましたが、宇宙の研究にテクノロジーはどのような影響を与えたのでしょうか?

宮武氏:
天体観測では1980年代に普及し始めたCCD(Charge Coupled Device)カメラがデジタル化の大きな転機になっています。

それまでの天体観測はフィルムで明るさを測定していましたが、CCDによって、ピクセルの中に入ってきた光の粒の数を数えられるようになりました。

さらに、1990年代に専用の光学望遠鏡によって銀河の位置と明るさ、距離を精密に測定できる「スローン・デジタル・スカイサーベイ」によって、デジタル化されたサーベイ観測が始まりました。

欧州宇宙機関によるプランク衛星の研究によると、宇宙では目に見える物質は、宇宙全体のエネルギーのうちたった5%しかないことが分かっています。残りの95%の正体はどのようにしたらわかるのでしょうか?

宮武氏:
残りの95%のうち28%を占める「暗黒物質」は、私たちの住む宇宙の構造や銀河形成の重力源として不可欠です。しかし、自ら光を放つことがないため、望遠鏡で銀河を見るだけでは直接観測できませんでした。

「弱重力レンズ効果」は、遠方銀河の像が手前の構造の重力により僅かに歪められる現象ですが、この歪みによって、今まで直接観測できなかった「暗黒物質」の分布を探ることができるようになりました。さらに、暗黒物質を含む物質の3次元地図を作ることにより、宇宙のエネルギーの68%を占める暗黒エネルギーの性質を探ることができます。

「すばる望遠鏡」の主焦点カメラ「HSC」は「暗黒物質」や「暗黒エネルギー」の研究においてどのような貢献をしたのでしょうか?

「すばる望遠鏡」の主焦点カメラ「HSC」は「暗黒物質」や「暗黒エネルギー」の研究においてどのような貢献をしたのでしょうか?©HSC Project

宮武氏:
「暗黒物質」や「暗黒エネルギー」の研究を行うためには、宇宙を広く深く探査し、物質の空間分布を遠くまで詳しく調べる必要があります。

今までは、約50億年前までの物質の分布が測定されてきましたが、それより遠方の宇宙では測定されていませんでした。

すばる望遠鏡は世界最大級の8.2mの主鏡を持つため、非常に遠くの宇宙まで観測することができます。また、HSCは世界最高峰の画像品質を持つため、「弱重力レンズ効果」を非常に精密に測定することができます。HSC を用いたプログラムでは、全天の約40分の1の天域を撮像する大規模探査でより遠くの物質分布を精密に測定することに成功しています。

大規模シミュレーションデータとAIを駆使した「宇宙の構造形成モデル」の実装とは

大規模シミュレーションデータとAIを駆使した「宇宙の構造形成モデル」の実装とは
暗黒エネルギーの研究©HSC Project

国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイⅡ」を用いて、様々な「宇宙論パラメータ」を仮定し、宇宙の構造形成シミュレーションが行われています。

さらに、共同研究者とともに大規模データを人工知能のひとつであるニューラルネットワークに学習させることで、任意の宇宙論パラメータに対する理論モデルを高速計算するソフトウェアも開発しています。

直接シミュレーションを用いると膨大な計算量が必要ですが、これらのモデルを用いることで、より精度良く暗黒エネルギーの総量や現在の宇宙の凸凹の度合いを表す宇宙論パラメータを測定することに成功しました。

今後は世界で2番目に高速なスーパーコンピュータ「富岳」を用いてより高精度な理論モデルの構築を目指します。

一般相対性理論の宇宙項が鍵になる?「暗黒エネルギー」から宇宙と人類の未来を考える。

一般相対性理論の宇宙項が鍵になる?「暗黒エネルギー」から宇宙と人類の未来を考える。

今後、「暗黒物質」や「暗黒エネルギー」が解明されるにつれて私達の生活も変化するのでしょうか?

宮武氏:
東京大学の故小柴昌俊先生は、人類史上初めて超新星から来たニュートリノの観測に成功し、2002年にノーベル賞を受賞していますが、私たちの生活に直接的な変化が起きているわけではありません。

しかし、1930年代に発見されたミューオンという電子と類似した性質を持つ粒子は、100年の時を経てピラミッドの空洞の可視化に用いられました。この研究は建設プロセスの解明に繋がる可能性があります。

短期的な影響は考えにくいですが、100年単位で考えた場合には、私たちの生活に影響を与える可能性はあるかもしれません。

この先、宇宙はどのように進化していくのでしょうか?

現在までの観測から考えると、暗黒エネルギーが増え続けてこのまま加速膨張が進んだ場合、タンパク質同士を繋ぎ止める力がなくなり原型を留められなくなるでしょう。

さらに時間が進むと暗黒エネルギーによる加速膨張によって原子や素粒子も引き裂かれ、時空自体が引き裂かれてしまう「ビッグリップ」が起こると予測されています。

ただし、「ビッグリップ」が起こるより早く太陽系の寿命が尽きるので、そちらの方が心配ですね。

「暗黒エネルギー」の研究に心を惹かれたのはなぜでしょうか?

「暗黒エネルギー」の研究に心を惹かれたのはなぜでしょうか?©HSC-SSP/国立天文台

最近の宇宙では膨張が加速していて、この宇宙の加速膨張は1990年代後半に、超新星の明るさを観測することで発見されました。

宇宙という時空は、内側に重力で引っ張り合う数多くの天体を持っているため、基本的には収縮する力が働いているはずなのに、宇宙空間の広がりは加速し続けています。この加速膨張の源として導入されたのが暗黒エネルギーです。

不思議なのは、宇宙空間が広がると密度が薄くなるはずなのに、暗黒エネルギーの密度は変わっておらず、私たちが高校1年生で学習したエネルギー保存の法則と矛盾が生じていることです。

ガリレオ・ガリレイが地動説を提唱し、ニュートンが万有引力の法則を発見したのが1600年代で、1915年にはアインシュタインが「一般性相対理論」を完成させました。

アインシュタインは、宇宙は未来永劫変わらないと信じていました。一般相対性理論から導かれる「宇宙が自身の重力によってつぶれてしまう」という未来を避けるために、重力に反発する仮想的な力として「宇宙項」を導入することで、未来永劫変わらない宇宙を実現しようとしました。

その後、1929年にエドウィン・ハッブルが宇宙膨張を発見すると「宇宙項は生涯最大の誤りであった」と宇宙項を撤回しています。暗黒エネルギーは宇宙項が違った形で再登場したものと捉えることができます。

ただ、宇宙項、もしくは暗黒エネルギーは観測事実を説明するために導入されたに過ぎず、エネルギー保存則を破っているなど、非常に不思議な存在です。この正体を解明したいと思い、「暗黒エネルギー」の研究を始めました。

将来、宇宙に関わる仕事をしたいと考えている子ども達にメッセージがあればお願いできますでしょうか?

将来、宇宙に関わる仕事をしたいと考えている子ども達にメッセージ©HSC-SSP/国立天文台

物理の勉強はもちろんですが、宇宙に関する仕事、特に観測天文学や宇宙工学は観測装置の開発やデータ解析、いずれにしても10人から100人単位のチームでの仕事になりますから、コミュニケーションが非常に重要です。そのためには自分に言いたいことを正確に伝えるための国語力が必要です。

国際共同研究では違う国の人と一緒に仕事をするわけですから、自分とは全く異なる考え・価値観を持った人もいます。そのような人が相手でも、尊敬の念を忘れないことを心がけましょう。

また、英語だけでなく、日本人のルーツや他の国の歴史を知るという意味で日本史や世界史などもしっかりと勉強しておくと良いかもしれません。

魅力的な分野はたくさんあるかと思いますが、宇宙論に関しては、これから成熟期を迎え、スケールの大きな仕事ができるかと思いますので、優秀な方に来ていただけたら嬉しいです。

終わりに

「暗黒エネルギー」の解明が進むことで、宇宙の誕生や成り立ちのヒントが得られるでしょう

key point

  • 宮武氏は現代物理学における謎のひとつである「加速膨張」を引き起こす「暗黒エネルギー」の解明に取り組んでいる
  • 天体観測では1980年代に登場したCCD(Charge Coupled Device)カメラの導入によりデジタル化が一気に加速した。
  • すばる望遠鏡のHyper Suprime-Cam (HSC) を用いたプログラムは、広い天域を撮像する銀河サーベイを行なっている。
  • 国立天文台のスーパーコンピュータを用いて様々な「宇宙論パラメータ」を仮定し、宇宙の構造形成シミュレーションを行い、それにAIを適用することで精密な理論モデルを高速で計算するソフトウェアを開発した。
  • 観測天文学・宇宙開発では10人-100人単位のチームでの仕事になるため、物理や数学だけでなくコミュニケーション能力を磨くことが非常に重要である。

いかがでしたでしょうか?

1980年代以降のテクノロジーの発展は、138億年前に誕生した宇宙を支配する物理法則の解明を目指す「観測的宇宙論」の研究にも大きな影響を与えました。

僅か数十年という短い時間の研究結果によって、私たちが高校物理で学んだ「エネルギー保存の法則」や1900年代前半にアインシュタインが提唱した「一般相対性理論」に矛盾が生じはじめています。

今後、2020年代に観測されたデータの解析によって、現代物理学における最大の謎のひとつである「加速膨張」を引き起こす「暗黒エネルギー」の解明が進むことで、宇宙の誕生や成り立ちのヒントが得られるでしょう。

intervieweeプロフィール

宮武広直
名古屋大学素粒子宇宙起源研究所准教授/東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構 客員准科学研究員

Research fields
観測的宇宙論, 重力レンズ, 銀河, 銀河団, サーベイ天文学

2007年、東京大学理学部物理学科卒業後、2009年に同大学院の修士課程を、2012年には博士課程を修了、博士(理学)取得。修士課程では、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ「Hyper Suprime-Cam」の開発にも関わった。以後、プリンストン大学天体物理学科、カリフォルニア工科大学NASAジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory=JPL)での博士研究員を経て、2017年から名古屋大学高等研究院YLC特任助教 (理学研究科兼務)となり、現在に至る。

PHOTO:iStock
TEXT:PreBell編集部

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