【今さら聞けない】アリババ創業者ジャック・マー氏の転落劇!意外な過去や現在の動向まで解説
馬雲(ジャック・マー)氏は中国eコマース界の最大手アリババグループの創業者です。名前は聞いたことがあったりアリババを利用したりしていてもマー氏本人については知らないという人も多いのではないでしょうか?
そこで今回は今さら聞けない馬雲(ジャック・マー)氏が何をした人であるかや、その意外な半生、こぼれ話、現在の動向まで解説します。
ここまで波乱万丈の人生を送った有名人も少ないのではないでしょうか?この記事を読めば「不屈の男」マー氏について人に説明できるようになるので、ぜひ参考にしてください。
- ジャック・マー氏はアリババとタオバオを創業し中国を代表する企業にした
- 昔はいじめられっ子で劣等生だった
- マー氏の軽率な発言でアント・グループのIPOが停止した
目次
マー氏は主に以下の事業を設立したことで有名です。
・中国版Amazon!アリババを創業
・巨大オンラインモール・タオバオを設立
アリババとは阿里巴巴集団(アリババ・グループ・ホールディング)のことです。1999年に創業された世界最大の流通総額をもつeコマース事業を展開する会社です。
eコマース事業とは電子商取引ともいわれ、インターネット上で商品やサービスを売買することです。一般消費者からは、ネットショッピングなどとして認識されています。日本でいうと楽天やYahoo!ショッピング などがeコマースを展開しています。
アリババは中国を代表するテクノロジー企業で、サービスやeコマースなどの他にも、物流やマーケティング事業など幅広くやっています。
「あらゆるビジネスの可能性を広げる力になる」というミッションに沿って、ビジネスの可能性を広げるためのサービスが充実しています。
マー氏はまだ中国でインターネットがほとんど使われていない時代に創業しました。先見性や周りが反対する中での行動力が抜きん出ています。
2003年にアリババグループは、オンライン上の巨大ショッピングモール淘宝網市場(タオバオマーケットプレイス)をオープンしました。アリババとの違いとしては、一般消費者同士が取引できる点で、アリババは小売業者が主に利用しています。
中国国内のシェア率は半分以上で、登録ユーザーは約5億人です。淘宝(タオバオ)とは、「見つからない宝物はない、売れない宝物はない」という意味で、その言葉通り世界中のあらゆる商品が見つかります。
日本企業もユニクロなど有名企業が出店し、世界の有名ブランドも多数出店するなど充実の品ぞろえです。
「千人千面」といわれる千人が開けば千通りの画面が表示されるようなパーソナライズ機能もあり、膨大なアイテム数の中から個人に合わせた商品を効率的に探せるのも人気の理由です。また、お客様対応がアカウントの評価にもつながるので、チャットを通して商品について出品者に聞くと丁寧な回答が得られます。
中国を代表する企業を一代で築いたマー氏ですが、そこに至るまでには様々な苦労がありました。ここでは意外なマー氏の来歴について紹介します。
・いじめられっ子だった少年時代
・学生時代は劣等生
・就職試験で30社落ちKFCもダメだった
大成功したマー氏ですが、幼少期から挫折の連続でした。1964年、「天に極楽あり、地に蘇州杭州あり」という壮大な景観が有名な都市、中国の杭州市に生まれます。美男美女の両親に育てられましたが、マー氏は独特な顔つきで小柄だったため、同級生からも宇宙人のようだとからかわれていました。
他の兄弟たちとも見た目が異なり、両親からも冗談めかして紹介されることもありました。いじめが原因でケンカをすることも多く、相手に怪我をさせたり自身が大怪我を負うこともあったり、容姿に対するコンプレックスを感じながら育ちました。
小学校では重要な試験に2回も落ちたり、ミドルスクールや大学入試にも失敗したりしました。ミドルスクールは地元に1校しかなく、合計3回落ちてしまいます。大学も3回目の受験でギリギリ合格しました。
大学では、好きな女性(張瑛氏)の気を引くために英語は首席でしたが、張瑛氏に一度振られてしまいます。しかし、その後のアピールで最終的には結婚することになりました。
就職活動でもマー氏の苦難は続きます。30社の入社試験に落ち、24人中23人が受かったKFCの試験にも落ちました。そういった失敗経験が多いと可能性を諦めてしまいそうですが、マー氏は「慣れ」だと発言しています。慣れるほど失敗し、それでも諦めずに挑み続けた精神力も成功の理由でしょう。
また、就職がダメなら起業するなど並外れた行動力と、当時まだ中国に普及していなかったインターネットの可能性を見出した先見性で、アリババの成功を勝ち取りました。
ここではマー氏の気になるこぼれ話を紹介します。
・なぜジャック?アリババの由来も
・利益を出せなかった3年間の支え
・不屈の精神をフォレスト・ガンプに学ぶ
マー氏の本名は馬雲(マー・ユン)です。中国人らしくない「ジャック」という名前は、彼のペンフレンドの女性が付けたものでした。ここでは「ジャック」の由来を紹介します。
マー氏は英語が好きで13歳あたりから9年間、外国人観光客が多いホテルに通い詰め、フリーガイドツアーをしていました。英語力を高めるために驚くべき行動力を発揮しました。
ガイドでペンフレンドになった女性に、本名は発音しにくいということで英語名をつけてもらったのが、「ジャック」でした。彼女の家族の名前から取られました。また、ガイドで聞いた本場の英語は学校で習う英語とは全く違っていました。そこから、マー氏は何でもうのみにせず自分の頭で考えるようになります。
アリババ創業から5年ほどは、事業の存続すら危ぶまれる時期が続きました。しかし、そんな苦しい時期でも「何もしなければ不可能のままで、何かすれば少なくとも希望は持てる」と語った「希望」がありました。
ある時レストランで会計をしようとしたマー氏は、既に精算済みだと店員に言われました。アリババの顧客が、代わりに払ってくれていたのです。その顧客はアリババグループで多額を稼ぎましたが、マー氏の経営状態が良くないことを知り、代金を払うことで恩返しをしました。
またある時はタバコをプレゼントされたり、見ず知らずの男性に直接お礼を言われたりと、マー氏に感謝する人は後を立ちませんでした。辛い時期でも、行動した結果が見えたことでマー氏は希望を失いませんでした。
マー氏は辛い時期に映画『フォレスト・ガンプ 一期一会』を観て、誰に何を言われようが「決して諦めない」という主人公の前向きさに感銘を受けました。
フォレスト・ガンプはゴールデングローブ賞ドラマ部門作品賞を受賞するなど名作として語り継がれています。主人公は知的障害を持っていますが、並外れた足の速さや心の優しさで困難を跳ね除けていきます。
マー氏は「人生はチョコレート箱のようなものだ。開けてみるまで分からない」というフォレスト・ガンプの名言が特に好きで、諦めない心をこの映画から改めて学びました。
ジャック・マー氏の現在について、以下の流れで解説します。
・アント・グループのIPO停止後に失踪報道が流れる
・現在のマー氏は美術品コレクター?
現在、マー氏の姿を公の場で見る機会は極端に減りました。一時失踪とも報道されたマー氏の様子が変わったのは、フィンテック企業のアント・グループのIPO(未上場企業が新規上場すること)停止後でした。
2020年、マー氏はアント・グループのIPOの準備をしていました。順調に準備は進んでいましたが、公の場で中国の金融システムは「質屋のようなメンタリティ」で運営されている、同国の規制環境は「鉄道の駅を管理する方法で空港を管理」しようとしているようなものなどと語り、規制当局の聴取を受ける事態に陥りました。また、そのことが上海証券取引所に知られ、アント・グループのIPOが停止しました。
IPOで多額の資産を手にする関係者も多くいたため、プレッシャーを感じて姿を消したのではと考えられています。
2022年、マー氏が東京に長期滞在していることが分かりました。ただし目立った行動は避け、公の場での活動も最小限にとどめています。
アント・グループのIPO停止後も、アリババ・グループは2021年に独占禁止法違反で過去最高額となる180億元(25億1000万ドル)もの罰金を科されるなど、不遇は続きました。
美術品コレクターとなり水墨画を書くようになったなどの関係者からの証言も報道され、すっかり表舞台からは姿を消しています。
今回は今さら聞けない馬雲(ジャック・マー)氏が何をした人であるかや、その意外な半生、こぼれ話、現在の動向について解説しました。
苦難続きの人生ですが、常に立ち上がり続けてきた姿に勇気づけられる人も多いのではないでしょうか。アント・グループのIPO停止は、相当の痛手だったと考えられますが、これまで不屈の男として何度も困難を乗り越えてきました。引き続きマー氏の今後に注目です。
PHOTO:iStock
TEXT:PreBell編集部
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