2050年を予測!「ポストデジタル時代」における持続可能な社会とは
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2023.07.28 2050年を予測!「ポストデジタル時代」における持続可能な社会とは

世界的にデジタル化が加速し、業務の効率化を促すDX化、生成AI「チャットGPT」を活用したシステムの導入が進んでいます

2021年には、アメリカのIT企業GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)4社の時価総額が約7兆500億ドルに達し、日本全体を超えました。

その一方で、新型コロナウイルスの出現や大規模災害をもたらす気候変動、グローバル資本主義による格差と分断など深刻な課題が数多くあります。

このような状況のなかで、京都大学にある人と社会の未来研究院の広井良典教授は、「人間についての探究」と「社会に関する構想」をつなぎ、社会保障や環境、都市・地域に関して幅広い研究を行ってきました。

今回は、公共政策及び科学哲学を専門とする広井氏から「ポストデジタル時代」の変容とあり方、「人口減少社会」における打開策などについてお話をお伺いしています。

僅か30年で時代は劇的に変化する。「デジタルの先」を見据えた未来ビジョンが求められている。

僅か30年で時代は劇的に変化する。

ーGAFAMに代表される大手IT企業が先導してきたデジタル社会は今後も続くのでしょうか?

広井氏:
バブル期の1989年の世界時価総額ランキングには、NTTや都市銀行など32社の日本企業が名を連ねていました。

しかし、僅か30年後の2023年にはほとんどの企業が消えてしまったように、現在のような状況は長くは続かないでしょう。つまり、30年前と今とで全く違うわけですから、今から30年後はGAFAMなどとは全く異なる企業が上位を占めることになるわけです。

私は100年から200年という長期的なスパンで時代を検証する科学史・科学哲学を専門としています。

次の時代を予測するためには、近代以降の科学技術の基本コンセプトがどのように変遷してきたかを知ることが重要な鍵になると考えています。

ー100年という長いスパンでみると科学技術はどのように変化してきたのでしょうか?

100年という長いスパンでみると科学技術はどのように変化してきたのでしょうか?

広井氏:
一言で言えば、17世紀にヨーロッパで科学革命と呼ばれる現象が起こり、私たちが「科学」と呼ばれる営みが生まれた時代以降、科学の基本コンセプトは「物質」→「エネルギー」→「情報」と推移し、現在は「情報」から「生命」へと移行する過渡期にあると考えられます。

もう少し具体的に申しますと、17世紀はニュートン力学に象徴されるように「物質」そして「力」が科学の基本コンセプトでしたが、19世紀には電磁気や熱現象などを説明するために「エネルギー」という概念がつくられ、石油や電力の大量使用などに代表される、工業化社会を導いていきました。やがて20世紀には「情報」が科学技術の中心になっていきます。

20世紀には「情報」が科学技術の中心

「情報」という概念には、メンデルから始まる「遺伝学・生命科学」の流れと、通信の数学的理論を確立したクロード・シャノンから始まる「情報科学」という二つの流れがあります。

特に、クロード・シャノンの「情報科学」に関する先駆的な研究は、「ビット」の概念を体系化し、世界のすべては「0」と「1」で表現できるという、まさに「デジタル」の世界観を築きました。それは人々のコミュニケーションのあり方を大きく変え、現在は加速的な発展の時期は過ぎて成熟期に入ったと言えるでしょう。

クロード・シャノン

つまり、科学・技術の発展というのは通常、「基礎研究」→「技術的応用」→「社会的普及」という段階をたどるわけです。情報技術について見た場合、①上記シャノンのような基礎研究、②コンピューターのような技術的応用、そして③インターネットやSNSに示される社会的普及という流れを経てきたわけで、現在はまさに成熟段階にあると言えます。

「手段的合理性」を追求する時代は終わった。今、この瞬間を楽しむことが幸せにつながる。

「手段的合理性」を追求する時代は終わった。

ー情報化社会が成熟期に入った社会では、どのような分野が中心になるのでしょうか。

広井氏:
科学の基本コンセプトが「情報」から「生命」に移行していくでしょう。

この場合の「生命」とは「生命科学」といった場合の狭い意味ではなく、英語の「ライフ」のように「生活」や「人生」という意味や、生態系(エコシステム)や生物多様性といったマクロの意味も含まれます。

経済的に見ると、それは「生命関連産業」ないし「生命経済」が今後大きく展開していくことを意味しています。具体的には、少なくとも①健康医療、②環境(再生可能エネルギーを含む)、③生活・福祉、④農業、⑤文化の5つの分野ですが、デジタルヘルスケアやNFTなどのように、デジタルと生命が互いにリンクしながら発展していくでしょう。

科学の基本コンセプトが「情報」から「生命」に移行していく

日本は、デジタルの分野では世界から遅れをとってしまいましたが、後追いするのではなく、今こそ日本独自の次の一手を打つべきではないでしょうか。

ー時価総額やGDPで幸せを測ることは不可能だとされていますが、これからの時代の幸せの定義などはありますか?

広井氏:
ギグエコノミーは、労働市場の柔軟性を高め、新たなビジネスモデルを生み出す一方で、労働者の保護や社会保障の問題も浮き彫りにしています。ここでは、ギグエコノミーが社会や経済に与える影響と、その未来について詳しく探ります。

ギグエコノミーが社会や経済に与える影響

広井氏:
近代社会における資本主義では、経済を大きくして豊かになろうという考えが主流でした。

しかし、効率を重視する「手段的合理性」を追求するあまり、生き生きした本来の人間らしさを失う結果に陥っているのではないでしょうか。

これからは、自分の好きなことを楽しんで実現する「現在充足性」を重視し、一度立ち止まって、経済のあり方や価値観を見つめ直す時期にきていると思います。

「多種共存の世界」こそが未来を切り開く。鍵を握るのはビッグデータ解析やAIによる情報と自然の融合

「多種共存の世界」こそが未来を切り開く。

ー明治以降増加し続けた日本の人口は2008年をピークに減少へと転じています。先行きの見えない「人口減少社会」への打開策はあるのでしょうか?

広井氏:
私は2016年から「日立未来課題探索共同研究部門(日立京大ラボ)」との共同研究で、「2050年に日本は持続可能か」という問いを設定し、AIを活用しながら日本の未来に関するシミュレーションを行い、持続可能な社会に向けて必要な対策を探ってきました。

2017年に公表した、2万通りの未来シミュレーションの分析では、日本の未来は東京一極集中に示されるような「都市集中型」ではなく「地方分散型」が、人口、地域、健康、格差、幸福等の面でパフォーマンスが高く、持続可能性に優れていることが分かりました。

さらに、2021年にまとめた「ポストコロナの日本社会に関するAIシミュレーション」では、女性の活躍を含む、働き方や生き方など「包括的な分散型」社会が望ましい未来を開くとの結果が示されています。

そうした分岐は2025〜27年頃に生じるという結果が出ており、その頃までには、「地方分散型」ないし「包括的な分散型」の社会へと方向転換していく必要があるでしょう。

「地方分散型」かつ「包括的な分散型」の社会ではどのような人が活躍するのでしょうか?

「地方分散型」かつ「包括的な分散型」の社会ではどのような人が活躍するのでしょうか?

広井氏:
以前から「Think Globally,Act Locally(地球規模で考え、ローカルに行動する」という言葉がありましたが、まさにそうした「グローバル」と「ローカル」の両者を併せ持った企業や個人が力を発揮する時代になるでしょう。

例えば、2010年頃から、もともとグローバルなテーマに関心をもっていた優秀な学生達のなかで、海外留学後に、日本の様々な地域に課題や可能性が多くあることに気づき、地域や地元に戻って起業するといったケースが増えてきました。

ソーシャルベンチャー企業を立ち上げた学生たち

また、都市経済学者リチャード・フロリダによる「クリエイティブ資本論」では、企業成長の原動力となるクリエイティブな都市ないし場所に必要な3つのTを「技術(Technology)才能(Talent)寛容性(tolerance)」と定義しています。

特に「寛容性」に関しては、移民、芸術家、ボヘミアンなど「人種の融合を歓迎する場所」と、「質の高い経済成長をする場所」に強い相関があることが分かっています。

様々な生きものが互いの違いを活かしながら調和する「生物多様性」にも通じるところがあるのでしょうか?

様々な生きものが互いの違いを活かしながら調和する「生物多様性」

広井氏:
私の教え子が所属している「株式会社ロフトワーク」では、「生物多様性」に関して、多種共生のデザインがどのように経済活動と結びついていくかという未来の可能性を探っています。

また、株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所の舩橋真俊さんは「拡張生態系」とその応用である「協生農法」を学術的に構想し、社会実装とともに提唱されています。舩橋さんたちとは、昨年から京都大学の「社会的共通資本と未来」寄附研究部門というところで、未来社会のビジョンに関する共同研究を進めています(以下ホームページ参照)。

京都大学 人と社会の未来研究院 社会的共通資本と未来寄附研究部門 (kyoto-u.ac.jp)

大規模なデータベースや情報技術を駆使した組み合わせや最適化による「情報」と「生命」の融合こそが、自然と人間が共に変化し、調和し合う持続可能な社会につながるでしょう。

約20万年に及ぶ人類の物語。「史上3度目」の転換期を生き抜く秘策とは

約20万年に及ぶ人類の物語。「史上3度目」の転換期を生き抜く秘策とは

ー「ポストデジタル」社会に最適なコミュニティとはどのようなものなのでしょうか?

広井氏:
現代の日本においては、地域コミュニティが希薄化し、人間と自然とのつながりが薄れ、多くの課題が生じています。

古来から存在してきた「鎮守の森」は、ローカルなコミュニティと自然、そして信仰が一体になった場所で、全国の神社とお寺は約8万を超えてコンビニの6万店をはるかに上回ります。

高度成長期に人々の関わりが薄れた場所を地域の「社会資源」として再評価し、福祉的活動や環境学習等の場として活用できれば、コミュニティの再生や地域活性化にもつながるのではないでしょうか。

そうした趣旨から、鎮守の森と自然エネルギーなどの現代的な課題を結びつけた「鎮守の森コミュニティ・プロジェクト」をここ10年ほどささやかながら進めています。

鎮守の森コミュニティ研究所 (c-chinju.org)

ー人類の長い歴史のなかで、私たちは今どの地点に立ち、どこに向かっているのでしょうか?

私たちは「第三の定常化」ともいうべき時代に入りつつある

広井氏:
大きな視野でとらえれば、私たちは「第三の定常化」ともいうべき時代に入りつつあります。

まず、今から約5万年前に「ラスコーの洞窟壁画」に代表されるような「心のビッグバン」、さらに、約2500年前の紀元前5世紀前後は「枢軸時代」と呼ばれ、インドでの仏教、中国での儒教や老荘思想、ギリシャにおけるギリシャ哲学、中東ではキリスト教やイスラム教の源流となった旧約思想など、現在につながる普遍的な思想が生成しました。

この2つの時代に共通するのは、人間の経済活動が資源や環境の有限性にぶつかる中で、物質的生産の量的拡大という方向から、文化的かつ精神的な価値を志向するような方向への転換がなされたという点です。

人類史における拡大・成長と定常化のサイクル

そして、今、近代以降の資本主義社会における拡大・成長が限界に達し、資源の浪費や自然の搾取を伴わないような新たな価値の創発、意識転換の入口を迎えようとしています。

地球環境や人生の「有限性」を認めつつ、最大限の幸福や喜び、創造や価値を見いだしていく「地球倫理」と呼べるような視点が求められるのではないでしょうか。

終わりに

広井良典氏

key point

  • 「ポストデジタル時代」を予測するためには、近代以降の科学技術の基本コンセプトがどのように変遷してきたかを知ることが重要な鍵になる。
  • 科学技術は、ニュートン力学が対象とした「物質」、19世紀には電磁気や熱現象などの「エネルギー」、20世紀には「情報」へと変容してきた。
  • これからの時代の科学の基本コンセプトは「情報」から「生命」に移行し、経済的には「生命関連産業」が発展していく。
  • 効率を重視する「手段的合理性」から、個人が好きなことを楽しむ「現在充足性」を大切にし、経済のあり方や価値観を見つめ直す時期にきている。
  • 人類誕生から20万年という長いスパンで見ると「第三の定常化」ともいうべき時代に入りつつある。

いかがでしたでしょうか?

広井氏は、2019年に出版した『人口減少社会のデザイン』及び今年刊行された『科学と資本主義の未来』という著書のなかで、世界から「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と称賛を浴びていた昭和の日本を、「集団で一本の道を登る社会」として振り返っています。

しかし、バブル期以降の「失われた30年」では、昭和の成功体験を転換することなく、経済は停滞、人口は減少に転じ、国際的な競争力も大きく衰退していまいました。

これから迎える「ポストコロナ時代」では、個人が自由度の高いかたちで自らの人生をデザインしつつ創造性を伸ばし、「鎮守の森」に象徴されるような日本の伝統文化を再評価することが持続可能な社会の実現と幸せにつながるのではないでしょうか。

intervieweeプロフィール

京都大学 人と社会の未来研究院教授
広井良典

1961年岡山市生まれ。東京大学・同大学院修士課程修了後、厚生省勤務を経て、96年より千葉大学法経学部助教授、2003年より同教授。この間マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員。2016年より京都大学教授。専攻は公共政策及び科学哲学。限りない拡大・成長の後に展望される「定常型社会=持続可能な福祉社会」を一貫して提唱するとともに、社会保障や環境、都市・地域に関する政策研究から、時間、ケア、死生観等をめぐる哲学的考察まで幅広い活動を行っている。著書は『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書、大佛次郎論壇賞)、『日本の社会保障』(エコノミスト賞受賞、岩波新書)、『人口減少社会のデザイン』(東洋経済新報社)、『科学と資本主義の未来』(同)など。

PHOTO:iStock
TEXT:PreBell編集部

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