人々の生活と地球の将来をより明るいものに。照明フィルム開発の「Inuru」が描く未来像とは
近未来のSFの世界を想像した時、あなたは何を思い浮かべるでしょうか?
超高層ビルが立ち並ぶ未来都市の中に、さまざまな色の電灯が輝く情景を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
未来の人々が手にしている商品のラベルはディスプレイ表示であり、商品によって記載が変化します。
また衣服も、ディスプレイによって瞬時に色やデザインが変化するとしたらーー。まさにSF映画の世界観です。
こういった未来はまだ先のことだったとしても、我々の生活は照明の多大な恩恵を受けています。
特に暗がりの中にあるものが明るく輝けば、人々は自然にそれに惹かれ、注目します。
照明の力は、広告やマーケティングなどに応用できるだけでなく、人々の安全を守るためにも活用可能です。
注意書きを光らせれば人々の注目を集めることができますし、暗がりでの作業中に光るジャケットを着ていれば、不慮の事故を回避することもできるでしょう。
これらの用途に活用できる超薄型・軽量の照明フィルムを開発した、スタートアップがあります。ドイツ・ベルリンに本社を構える「Inuru」です。Inuruは社会をより明るく、安全に、そして持続可能にしようと取り組みを続けています。
今回は、Inuruが開発した薄型照明フィルムや同社の創設秘話、日本へのアドバイスについて、同社の共同創設者兼CTO(最高技術責任者)であるパトリック・バーコウスキーさんにお話を伺っていきます。
- Inuruが開発した照明フィルム「ELF」は、商品の広告、医薬品の適切な服用支援、暗がりでの安全確保などの用途で活用ができる
- ELFは、複数の充電・点灯方法に対応しており、さまざまな媒体に接着が可能。従来製品と比べ、製造に必要なリソースも少ない
- 今後は癌や尋常性痤瘡、食品アレルギー、その他の炎症性疾患の予防・治療向けにもサービスの拡張を予定している
- 日本は過剰な他国との比較を止め、自国の良いところ・悪いところを論理的に分析し、悪いところの改善を淡々と進めるべき
ーInuruが開発している製品について教えてください。
バーコウスキー:Inuruは、紙のように薄くて軽く、消費電力が少なく、環境に優しい材料で作られた照明フィルム「ELF(Embeddable Lighting Films:埋め込み型照明フィルム)」を開発しています。
元々は小売業界のマーケティング向けに、商品パッケージを光らせて消費者の目を引くというような美的なユースケースのみを想定していました。
ELFを付帯した商品を商品棚に陳列し、消費者が商品の前を通過したら、ELFが光るというイメージです。夜間に商品を光らせて、他の製品との差別化を図るという使い方もできます。
その後、より機能的なユースケースも考案しました。例えば、食品ラベルの消費期限部分を光らせて食品ロスを防止する、医薬品ラベルの注意書きを光らせて患者の適切な服薬を後押しする、衣服にELFを付帯して暗がりで発生する事故を防止するなどです。
ELFは、紙にインクジェットで印刷するように製造可能です。
照明の点灯間隔は事前に設定できるほか、ELFに手で触れる、近づく、Bluetoothに接続するなどの方法で照明のオン・オフを切り替えられます。
ELFの構造は、点灯部分を保護する表面層、実際に光を放つ点灯層、媒体に接着する接着層の3層構造です。
平面以外にも接着可能であり、ボトルのような丸みを帯びた表面や、ほぼ直角の面(角度89度)にも折り曲げて接着することができます。
ELFは布に縫い付ける、洗濯機で洗うといったことも可能なので、紙、プラスチック、木材、布などのさまざまな材質からできている商品に貼り付けが可能です。紙のようなフィルムなので、工場の製造ラインに統合し、大量の商品に接着させることができます。
またELFは、従来のLED電球よりも99%少ない電力や材料で製造でき、材料も自然に優しい有機発光材料を利用しています。また非常に低い電圧で点灯しているため、安全な利用が可能です。
現在、EU(欧州連合)が定める製品の安全・環境基準であるCEマーキングや、国際的な品質標準であるISO 9001の取得を目指しています。
ーELFの用途やユースケースについて、より詳しく教えて下さい。
バーコウスキー:ELFを内蔵した商品ラベルは、通常のラベルよりも製造にコストがかかりますが、それを踏まえても消費者心理に及ぼす影響が大きいことが証明されています。
具体的には、夜間の消費が多いお酒やシャンパンのボトル、ポスター広告、名刺などにELFを付帯すれば、消費者や名刺交換相手の目を惹くことができるほか、商品や自身のブランディングも可能です。
また、医薬品を適切に利用しなかったため、病状が悪化したり、死に至ったという事例も、想像以上に多く報告されています。
こういった事故の防止にも、ELFは役割を持つことができるのです。
点灯時間は、用途に応じて設定可能で、商品パッケージの場合には1万回の点滅で2〜3カ月、医薬品ラベルの場合には30分間の継続点灯で24カ月間、衣服の場合には6〜8時間の継続点灯が可能です。
充電も用途に応じて、USB充電やワイヤレス充電、ソーラー充電に対応しています。
また将来的には、より先進的なユースケースを考えています。
例えば、ELFのセンサー機能を拡張し、衣服から利用者の健康状態をモニターするという用途です。これは現在のセンサー技術でも対応できます。
加えて、ELFにディスプレイを含め、商品ごとにディスプレイの表示を変え、リサイクルやリユースを促進することも可能です。
例えば、ELFを接着したビンを使って、最初はオレンジジュースを販売するとします。ビンの中身はオレンジジュースですし、ELFのディスプレイもオレンジジュース向けの表示に設定します。
オレンジジュースが消費されたら、ELF付きのビンの中身を洗浄し、今度はグレープジュースとして販売するのです。
ビンの中にグレープジュースを入れ、ディスプレイの表示も変更し、リユースします。
こうすることで、一から新しいラベルを作って商品に付帯するよりも、67%のエネルギー節約が可能となる見込みです。
またビンごとリユースされるので、従来のリサイクルよりも95%ほど材料が節約できます。
実現はさらに先の未来になりますが、衣服全体にディスプレイ付きのELFを縫い付け、気分に合わせて色や模様を変化させることもできるでしょう。
一着でさまざまなデザインを楽しむことができるため、これも環境に優しいユースケースとなります。
まとめると、ELFの強みは製造・導入が容易であることなので、さまざまな用途への応用が可能です。ELFの強みも基に、Inuruはこれまでに25の特許を取得したほか、20のアワードを受賞しています。
バーコウスキー:Inuruは、私と2人の共同創設者の3人で2016年に創設しました。
私たちは皆、80年代に育ちましたが、当時はSFが大きなブームでした。技術によって世界を良い方向に変えていくという考え方が、子供の間でも一般的だったわけです。
また90年代には、環境保護やリサイクルが謳われるようになり、これも私たちの成長に大きな影響を及ぼしました。
新しい技術によって人々の生活を改善し、環境にも配慮するーー。これがInuru創設とELF開発の背景にある考え方です。
Inuruのスタッフの多くはエンジニアや研究員ですが、出身地はさまざまです。欧州、北米、南米、アジア、アフリカなど、15~20カ国からの出身者で構成されていると言って問題ないでしょう。
意図的にさまざまな国籍の人材を集めたわけではなく、「新しい製品を開発したい」、「社会の役に立つ製品を作りたい」という、ポジティブな姿勢やモチベーションを持っている優秀な人材を集めた結果、現在のような会社になりました。
工学博士号を持っている日本人化学者もスタッフとして参加しており、日本人の良さである勤勉さや、細やかさなどを他のスタッフにも示してくれています。
多国籍出身者で構成されていることのメリットは、お互いの文化の良いところを学び合い、悪いところを補い合い、さまざまな消費者向けの製品やサービスを作り出せることです。
ーInuruを運営する上での課題を教えてください。
バーコウスキー:現在の市場の状況を抜本から変えるような、新しい製品やサービスを開発する際には、潜在的な消費者に対し、なぜその商品やサービスが素晴らしいのかを説得しつつ、最終的には消費者の行動やマインドを変えることが重要になります。
例えばELFの場合には、広告やマーケティングにおける役割も持てますが、同時に環境保護の役割も持っています。
このため、リユースやリサイクルの重要性を消費者のほか、ELFを接着する商品の開発元、パートナー組織、規制機関などにも啓発する必要があるのです。
一般的には、消費者が説得できれば、それ以外の利害関係者を説得するのは容易になります。
また、影響力のある消費者を説得できれば、そこからより多くの消費者に重要性を理解してもらうことが可能でしょう。
個人的に、今後の社会で成功する製品は、リユース、リサイクルに配慮したものでなければならないと思います。
環境に対する関心が強まっており、また物価が上がっている昨今の状況では、製品を一度使ったら捨てるというモデルは、持続可能ではないでしょう。
ースタートアップの視点から、ベルリンの良さを教えてください。
バーコウスキー:ベルリンの壁崩壊で象徴されるように、この街は一度、古いものを全て壊し、新しいものを一から作り直した歴史があります。
その中で、東と西の文化が混じり合い、創造性を歓迎する自由な気風が生まれたのです。
その後、優秀な若手がベルリンに集まり、産業やイノベーションの拠点を形成しました。
同じくイノベーションの街であるシリコンバレーは、小規模なコミュニティの集合体という印象ですが、ベルリンはドイツ国家や地域の産業を支える大都市という位置づけだと思います。
ー日本では、スタートアップの数が少ないという課題がありますが、スタートアップの数を増やすためのアドバイスなどはありますか?
バーコウスキー:日本社会は高齢化していることもあり、将来を悲観的に見ている方が多いのかもしれません。
しかし世界的に見れば、日本はまだ経済大国です。
全ての国が、国の方向性に迷う時期に直面するのではないでしょうか。日本もそういった時期に来ている可能性はあります。
イノベーションを促したいのであれば、起業家向きの姿勢を持っている優秀な人材を、適切に支援していくことが重要です。
特に、「どんな問題でも、論理的に解決していく」というマインドセットを持っている人材は貴重でしょう。
多くのスタートアップが最終的に失敗しますが、その原因は経営者の姿勢にあると考えています。
スタートアップが金銭的な問題や技術的な問題に直面するのは、当たり前のことです。その中で、「どんな問題も解決する」、「解決してみせる」という前向きな姿勢を持つ起業家だけが、成功することができるでしょう。
日本の伝統の良いところの一つは、雇用者と被雇用者が家族のような関係になり、支え合うことだと思います。
お互いに、相手に対する責任を意識し、責任を履行しようとするわけですね。
西欧でより一般的な、ドライでプロフェッショナルな関係にもメリットは多々ありますが、両方を合わせたような形態が最も理想的なのではないかと、スタートアップの経営者としては思います。
日本は、自国の良いところと悪いところを論理的に分析すべきです。
中国や韓国、台湾などが経済的に成長しており、焦りを感じているかもしれませんが、他国と比べすぎず、自国の問題点を洗い出し、淡々と改善していくことが重要です。
個人的には、日本の将来は明るいものになり得ると考えています。日本人スタッフと一緒に仕事をする中で、日本人の良いところを強く実感したため、そう感じました。
化学の修士号や博士号を持っており、Inuruのビジョンに共感してくださる日本人の方には、ぜひ我が社のポジションに応募していただきたいと思います。
一緒に、世界をより明るいものにしていきましょう。
KeyPoint
- Inuruの製品「ELF」は、商品のラベル、医薬品の注意書き、衣服などを光らせ、マーケティングや安全確保に活用できる
- 薄くて軽量なELFは、紙に印刷するように製造でき、工場の製造ラインに統合すれば、多様な材質の商品に大量接着も可能
- Inuruは最新技術を通じて人々の生活を改善し、また持続可能な社会の実現を目指している。ELFでリユース促進を狙う
- 日本でイノベーションを促すには、「どんな問題も解決する」という、前向きな姿勢を持った優秀な人材を支援をしていくべき
いかがだったでしょうか?
近未来的でユニークなInuruのビジョンは、いずれ現在の社会を抜本的に変えるものになる可能性があります。
ELFについて細かくご説明いただいたことで、応用力が高い製品の強みも理解することができました。
日本へのメッセージもとても温かく、建設的なものでした。起業家でなくとも将来に対して不安を感じるものですが、他者と比べず、論理的に淡々と自身の改善を行っていくという姿勢は、個人レベル、国家レベルにかかわらず、重要なアドバイスだったのではないでしょうか。
Inuru
ドイツのベルリンに 2016年に創設されたスタートアップで、超薄型且つ軽量な照明フィルム「ELF(Embeddable Lighting Films:埋め込み型照明フィルム)」を開発した。
ELFは紙を印刷するように製造可能で、商品ラベルや医薬品のボトル、衣料品などに接着・点灯させることで、マーケティングや安全確保などの複数の用途に利用できる。
またInuruは、持続可能な社会の実現を大きなビジョンとして掲げており、ELFもリユース、リサイクルの促進を目指した製品となっている。
なおInuruの関係者は、ジェトロとドイツ貿易・投資振興機関(GTAI)が2022年12月に開催した「プレイアップ・イベント:日独イノベーションイニシアチブ160」に登壇した。
日独イノベーションイニシアチブ160とは、日独交流160周年を記念して2021年末に立ち上げられたもので、両国が連携してイノベーションを促進し、気候変動問題や少子高齢化などの地球規模の課題解決を目指したものである。
このイベントは、同イニシアチブにおける成功事例を紹介する目的で開催され、Inuruは山形大学とドイツ・ザクセン州間の戦略的連携の象徴として紹介された。
PHOTO:iStock
TEXT:PreBell編集部
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