聞こえ難い音をクリアに解放。ドイツ企業「Mimi」が提唱する音のパーソナライズ化とは
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2023.10.23 聞こえ難い音をクリアに解放。ドイツ企業「Mimi」が提唱する音のパーソナライズ化とは

大音量で音楽や映画を楽しんだ後、もしくは工事現場や駅の騒音に長時間晒された後、耳が一時的に聞こえにくくなった経験がある方も多いのではないでしょうか?

その後、一旦は聴力が回復したとしても、長時間に亘って同じような環境にいると、聴力はどんどん悪くなっていきます。また、加齢も聴力低下の原因の一つです。

視力低下に比べて、聴力が悪くなったことは気づきにくいものです。

テレビやスマートフォンの音量を上げて生活していれば、困難に感じることは少ないかもしれません。しかし、そうしているうちに、聴力はどんどん落ち、深刻な難聴になってしまう可能性もあります。

現代では、耳にもこれまで以上のケアが必要

ヘッドホンやイヤホンをしながら移動したり、作業したりするのが一般的になった現代では、耳にもこれまで以上のケアが必要ではないでしょうか。

しかし視力と同様、聴力の度合いは個人的に異なるため、個々人の聴力に合わせたソリューションが必要でしょう。

そうしたソリューションを実現させたのが、ドイツ・ベルリンを拠点とするスタートアップ「Mimi Hearing Technologies」(以下Mimi)です。

同社はスマートフォンから簡単に受けられる聴力検査に加えて、大手のヘッドフォンメーカーとも連携し、それぞれの利用者にとって最も聞こえ易い音を提供しています。音のパーソナライズ化です。

今回は、Mimiが開発した聴力検査アプリやソリューション、創設に至った背景、イノベーションを生み出すベルリンの秘密について、2023年に同社CEOに就任したフロリアン・シュナイマデルさんにお話を伺っていきます。

フロリアン・シュナイマデルさんにお話を伺う
  • 音のパーソナライズ化を推すMimiは、聞こえ難い音を聞こえ易くする最適化ソリューションや、聴力検査アプリを提供している
  • 聴力は加齢だけではなく、大きな音を長時間に亘って聞き続けることでも失われていく。コロナ禍でさらに聴力低下が懸念される
  • Mimiは補聴器ではなく、スマートフォンやヘッドホン、テレビを活用することで、より広い層に聴力ケアの重要性の啓発を目指す
  • 官民組織からの支援が受け易く、若者が住み易いベルリンは、イノベーションの拠点。ただし、今後あり方が変化する可能性も

ーMimiが提供しているソリューションについて教えてください。

ーMimiが提供しているソリューションについて教えてください。

シュナイマデル:Mimiの創設は2014年ですが、私が入社したのは3年前です。

Mimiのビジョンは一貫して、最新技術を活用して人々の聴力を強化することで、その対象には聴覚に障害のある方だけでなく、音楽を聴いたり、テレビを見たりするのが好きな一般大衆も含まれます。

聴力強化といえば、補聴器が一般的ですが、Mimiではモバイルアプリで受けられる聴力テストや、ヘッドフォンやスマートスピーカー、スマートフォン、テレビの音声を(補聴器に頼らず)最適化するソリューションを提供しています。

健康な聴力をモデルにオーディオを処理する技術を有しており、その技術で80件以上の特許も取得しました。

Mimiでは、「音のパーソナライズ化(sound personalization)」をテーマに掲げて技術開発を進めています。

これは、個々人の聴力状態に合わせて、より良く聞こえる音を提供するというコンセプトです。音を変更するのではなく、聞こえにくくなっている音を解放するイメージです。

パーソナライズ化

パーソナライズ化は、①聴力検査、②聴力に合わせた音の最適化(フィッティング)、③実際の音の処理の3ステップで行われ、単純に音量を上げ下げするだけではなく、利用者の聴力に合わせて、周波数スペクトル上のさまざまな音をダイナミックに調整します。

これは、通常のイコライザーでは対応できないレベルの繊細なチューニングです。メガネやコンタクトレンズと似たイメージを持っていただけると、わかりやすいかもしれません。

なお、パーソナライズ化のソリューションであるMimi Sound Personalizationは、Google Chromeの拡張機能でも提供しています。

利用者はスマートフォンで聴力検査を受けることができ、Mimiのパートナー企業が製造しているヘッドフォンやテレビを持っていれば、検査結果が音の出力に反映される仕組みです。Mimiのパートナー企業の製品には、Mimiのソリューションを提供する目的で、半導体から調整が加えられています。

定期的に聴力検査を受けるだけでも、聴力ケアになるでしょう。Mimiでは、自宅からでもスマートフォンを利用して無料の聴覚検査が受けられるモバイルアプリ「Mimi Hearing Test」を開発しました。

このアプリは、iOSとAndroid向けに提供されており、類似アプリの中でもトップの人気を誇っています。

Mimiのアプリを活用し、これまでに世界中の150カ国で400万以上の検査が行われました。米国の著名な研究機関であるジョンズホプキンス大学も、このアプリを使った検査を勧めています。

ー聴力低下のメカニズムについて、もう少し詳しく教えてください。

聴力低下のメカニズムについて

シュナイマデル:人間の聴力は、18歳ごろから徐々に悪化していくことがわかっていますが、年齢だけではなく、音量や、音を聞いている時間の長さにも左右されます。

音量が大きければ大きいほど、また聞いている時間が長ければ長いほど、より早く聴力は低下するのです。

特に大都市に住んでいる人や、電車などの大きな音を出す交通機関を頻繁に利用する人、コンサートやクラブが好きな人、建設現場で働く人、は、自身の聴力状態に注意を払うべきでしょう。

また、スマートフォンやタブレット、ストリーミングサービス、オンラインゲームなどの進化を背景に、現代では10代の若者もヘッドフォンをつけっぱなしで生活しています。このため、聴力低下が従来よりも早く始まることが懸念されており、世界保健機関(WHO)も警鐘を鳴らしているのです。コロナ禍におけるオンライン会議の台頭も、問題をより深刻化させました。

聴力低下の怖いところ

聴力低下の怖いところは、痛みがなく、不具合に気づきにくい点です。

視力低下の場合には、日々の生活に影響が出てくるので、比較的早く気づくことができ、眼科受診を経て、メガネやコンタクトでの矯正を始めることができます。

一方で聴力低下の場合には、すぐに気が付くことができず、手遅れになることが多いのです。

医療機関の受診が必要なレベルの難聴でなくとも、自身の聴覚状態を把握し、耳を休ませる時間を設けることが推奨されています。

音量を下げるだけでなく、適宜ノイズキャンセレーションを活用し、大きな音を出す音源からは離れるようにしましょう。

理想的には、1~2年に一度は聴力検査を受けるべきですが、従来のモデルでは聴力検査のために病院やクリニックに行く必要があり、面倒で、時間もかかります。この問題に対処するため、Mimiは誰もが簡単に聴力検査を受けられるよう、検査を「民主化」することを目指し、モバイルアプリを開発したのです。

ーなぜMimiの創設者は、聴力強化に注目されたのでしょうか?

なぜMimiの創設者は、聴力強化に注目されたのでしょうか?

シュナイマデル:Mimiの共同創設者は、聴覚学の学位を持っており、元々科学的なアプローチで人々の聴力を改善することに強い関心を持っていました。

しかし、従来からある補聴器を使うのではなく、スマートフォンやヘッドフォン、テレビなど、私たちの生活に密着した電化製品を、聴力強化に活用できないかと考えたわけです。

補聴器や聴覚治療は高額になりがちで、アクセスがない人も多いため、多くの人が所有しているヘッドフォンやスマートフォンを利用する方が、ソリューションとして普及し易いメリットがあります。

デジタルコンテンツが人気を博す中で、長期的に見ても一般大衆による音の消費レベルが落ちることはないでしょう。

一度聴力が失われれば、回復させるのは非常に難しい

このため、使い勝手の良いスマートフォンなどのデバイスで、音量や音を聞いていた時間、自分の聴力を定期的にモニターし、電化製品を通じて耳をケアするニーズが高まっているのです。

結局のところ、私たちは、多くの人々に聴力ケアの重要性を知っていただきたいと考えています。

一度聴力が失われれば、回復させるのは非常に難しいのです。

大手のヘッドフォンメーカーなどと連携しているのはこのためで、製品の箱や説明書についているMimiのロゴやソリューション説明を見ていただき、聴力ケアへの認識を高めてもらえればと思います。

ーMimiを運営する上での課題を教えてください。

Mimiを運営する上での課題

シュナイマデル:技術的には、音のパーソナライズ化の3つのステップの後半2つであるフィッティングと音の処理が難しいと感じます。

これらのステップでは、利用者の聴力状態に合わせて最適な音を特定し、外から聞こえてくる音の種類や品質を配慮した調整が必要です。これは、Mimiが特許を得た技術でもあります。

また、Mimiと同様の科学的アプローチをとっている直接的な競合相手は、現時点ではいないという理解ですが、大手家電メーカーは、自社内で同種の技術の開発を進めており、間接的な競合相手になる可能性があります。

Mimiのソリューションとは若干異なりますが、特にテレビメーカーは画質だけでなく、音の品質向上にも気を遣っているようです。

フィッティングと音の処理

ただし、デジタルヘルスや聴力強化を目的としたソリューションが増えていることで、社会全体として聴力ケアに対する理解が深まっていることは、喜ぶべきことです。

Mimiのソリューションに対しても、さらに関心が高まるのではないかと期待しています。

また、AIやデータ分析技術が強化され、パーソナル化を目指したソリューションの人気が高まっていく中で、個人情報保護は常に課題です。Mimiとしても、プライバシーの保護に配慮しており、EU一般データ保護規則(GDPR)に従い、集めたデータは完全に匿名化して活用しています。

ーベルリンでは、スタートアップが多数生まれていますが、その秘密とは?

"ベルリンでは、スタートアップが多数生まれていますが、その秘密とは? "

シュナイマデル:ベルリンが国際都市であり、長年に亘ってドイツの他の大都市に比べて家賃が低く、若者でも住みやすいことが大きな要因ではないでしょうか。

また街の特色的に、官民両方から補助金や投資が受けやすいという点も挙げられるでしょう。

ベルリンには、政府機関のほか、大手企業の拠点が集まっており、スタートアップがそういった組織と連携したり、パートナーシップを構築することも可能です。街全体に、ビジネスフレンドリーな気風があると言って良いでしょう。

また、米国のシリコンバレーなどと比べた場合、人材間の競争がそれほど激しくないことも、ベルリンのメリットだと思います。

ドイツではそ若者も落ち着いて技術開発やスキルアップができる

シリコンバレー企業に就職しようとする場合、激しい競争に勝ち残らなくてはなりませんが、急に解雇されるリスクも高いのです。

ドイツではそういったことはなく、若者も落ち着いて技術開発やスキルアップができます。

ただし、ハイブリッドワークが一般的になってきた昨今では、物理的な都市や場所の重要性は、これまでよりも下がるかもしれません。優秀な人材はどこからでも仕事ができますし、社会の流れに合わせて、イノベーション拠点と言われるベルリンのあり方も、変わっていくのではないでしょうか。

ー日本にはスタートアップの数が少なく、改善が求められていますが、何かアドバイスはあるでしょうか?

日本にはスタートアップの数が少なく、改善が求められていますが、何かアドバイスはあるでしょうか?

シュナイマデル:「日本は、アジアのドイツ」というイメージを持っているドイツ人が多いのではないかと思います。

ドイツ人も日本人も真面目で勤勉という共通点があり、失敗を強く恐れる傾向も似ているのではないでしょうか。例えば米国では、起業や失敗に対してより寛容な気風があります。

ドイツでも起業はそれほど一般的ではないですし、普及もしていません。このため、スタートアップの概念や重要性を、ドイツ人全員が理解しているわけではないのです。

Mimiの創設は約10年前のことで、初期ステージにあるスタートアップとは言えず、私自身も、Mimiの創業に携わった訳ではありません。しかし、新しいことに挑戦して経験を積むことの重要性は強く感じています。

かつては、一つの会社に40年勤め続ければ、安定した生活を送ることができました。しかし時代は変わっており、それに応じて私たちも変わっていく必要があるでしょう。

起業家にならなくとも、個々人で戦略的にスキルアップやキャリアアップを進めていくことが、国としてイノベーションを生み出す原動力になるのではないでしょうか。

終わりに

今後のベルリンの変化に注目

KeyPoint

  • 特許も取得したMimiの技術は、個人の聴力や音の種類などを元に、最適な音を特定するもの。聴力検査アプリは無料で利用可
  • 現代社会では、意識的に耳を休ませる時間を作り、大きな音を出す音源から離れないと、聴力はどんどん低下する可能性がある
  • Mimiがヘッドホンやテレビなどを活用してソリューションを提供するのは、聴力ケアの重要性をより広い層に周知したいため
  • 終身雇用制度が崩壊していく中で、個々人でも新しいことに挑戦し、経験を積み、スキルアップをしていく意識を持つべき

いかがだったでしょうか?

補聴器ではなく、使い慣れたスマートフォンやヘッドフォン、テレビを通じて最適な音を提供するというMimiのモデルは、非常に説得力がありました。気づかないうちに聴力が失われていく怖さもご説明いただき、実際にMimiの聴力検査アプリを使ってみたくなった方も多いのではないでしょうか。

ベルリンのイノベーションの秘密も参考になりました。ハイブリッドワークが普及していく中で、今後ベルリンがどう変わっていくのか、注目する必要があるでしょう。

Mimi Hearing Technologies

Mimiは、消費者向けのオーディオデバイスを対象とした、音のパーソナライズ化のソリューションを提供しており、この分野では国際的なリーダーという位置付けである。ドイツの首都ベルリンを拠点とする同社は、利用者の聴力に合わせて、より豊かで没入間のあるサウンドを楽しめるようにオーディオを調整する技術を開発した。また同社は、市場でトップの人気を誇る聴力検査アプリを提供しており、デジタル聴力プロファイルに関する世界最大のデータベースを拡張中である。技術的な専門知識に加え、必要な設備、業界における人脈を有しており、ヘッドフォン、テレビ、スマートフォンなどの家電製品向けソリューションの迅速な展開を進めている。

Mimiのソリューションは、数多くの国際的な賞を受賞しており、一例として音のパーソナライズ化ソリューションを搭載したTP VisionのPhilips TVとBeyerdynamicのヘッドフォンはそれぞれ、欧州の専門映像・音響協会(EISA)が提供するBest Buy OLED TV賞(2021-2022年)と、電子機器の見本市CESが提供するInnovation Award(2019及び2018年)を受賞した。また、同社のサウンド最適化ソリューションを搭載した Loewe のテレビは、SATVISION Innovation Prize(2018年)を受賞している。

この他にもMimiは、スペイン・バルセロナで開催される音楽フェスティバルSonar+DのAward for Innovation(2017年)、米国サンフランシスコで開催されたSF MusicTech SummitのStartUps & Developer Award(2017年)、ベルリンで開催される国際コンシューマ・エレクトロニクス展(IFA)のPrize for Audio Innovation(2017年)などを受賞している。

PHOTO:iStock
TEXT:PreBell編集部

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