未来の世代に豊かな食を。世界で初めてイチゴ授粉の自動化に成功した「HarvestX」の挑戦
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2023.03.24 未来の世代に豊かな食を。世界で初めてイチゴ授粉の自動化に成功した「HarvestX」の挑戦

2020年に始まったCOVID-19のパンデミック以降、サプライチェーンが混乱し、追い打ちをかけるように、小麦の主要な輸出国であるロシアとウクライナ間の戦争によって、世界的な食糧問題が深刻化しています。

日本も例外ではなく、農業就労人口の減少や気候変動などにより、既存の食料生産方式に危機感を抱く方も多いのではないでしょうか。

東京大学発スタートアップ「HarvestX」は、未来の世代に豊かな食文化を継承するため、ロボットによる植物工場の自動化ソリューションを展開してきました。

今回は、 HarvestX 株式会社代表取締役社長の市川友貴さんに、植物工場での野菜の栽培、世界で初めてロボットによるイチゴの授粉を成功させた秘密やロボットやAIを利用した持続可能な農業の実現についてお伺いしています。

ー「HarvestX」の事業内容について教えていただけますでしょうか?

 「HarvestX」の事業内容

市川:HarvestXは、閉鎖型空間で植物工場向けに、ロボットとAIを駆使した授粉工程や収穫工程を自動化するソリューションの提供を行なっています。

2018年に東京大学のものづくりスペース本郷テックガレージにてプロジェクトを始動し、2020年8月に創業しました。

経済産業省の未踏プログラムを通じた植物工場でコンビニのレタスやサラダ、スーパーのカット野菜などを栽培、イチゴの生産過程において、「植物の管理」「授粉」「収穫」の自動化を行い、安定生産を実現しています。

ー世界で初めてロボットによるイチゴの授粉に成功されていますが、授粉を自動化しようと考えたきっかけはありますか?

授粉を自動化しようと考えたきっかけ

市川:植物工場ではレタスなどの葉物類が幅広く展開されている一方で、イチゴのような果実類を生産するためには、ハチを媒介とした虫媒受粉もしくは人の手による授粉が必要になるため、自動化は難しいとされてきました。

植物工場のような閉鎖空間では、ハチがストレスによってうまく飛べないことがあり、すぐに死んでしまいますし、死骸は腐敗してカビなどが生えるため清掃が大変です。

そういった衛生環境の悪化に加えて、作業する方の労災リスク、授粉率の低下などの課題を解決するためにロボットを活用した授粉技術の開発に取り組むことにしました。

現在は、ハチより27.8%も授粉精度が高い自動授粉で、奇形果の発生を軽減し、果実の収穫量の工場を実現しています。

大好きなロボットで農家が抱える課題を解決したい。純粋な思いからプロジェクトが始まった。

大好きなロボットで農家が抱える課題を解決したい。

ー葉物野菜と比較して果物類の自動化は難しいのですね。植物工場はどういった経緯で始まったのでしょうか?

市川:幼い頃から、もの作りが大好きで高校在学時からロボットの研修を始め、大学時代はソニーの「toio(トイオ)」という子ども向けのプログラミング知育玩具の立ち上げのサポートとして、企画や試作、マーケティングなどにインターンのような形で従事してきました。

また、当時は、個人事業主として受託の仕事もしていて、農業用の組み込み機器をつくっていました。

そういった仕事を通じて、農家の方と話をするようになり、一概に「人手不足」と言っても、どんな作業があって、どこに手間がかっているのかを詳しいお話を聞きながら、さまざまな課題をロボットで解決したいと思ったのがきっかけです。

ー農家の方が抱える問題を大好きなロボットで解決を目指されたのですね。実際にはどのような課題があったのでしょうか?

実際にはどのような課題があったのでしょうか?

市川:最も大変なのは、身体に負担もかかり繊細さも求められる「収穫」であることが分かり、収穫ロボットを作り始めましたが、国内は中小規模の農家が多く、棚の配置や土壌の性質もバラバラです。そうなるとロボットも汎用的な形にしなくてはならず、価格も高くなってしまいます。

そこで、植物工場や食品メーカーへのヒアリングや試作機の検証を繰り返す中で、植物工場に可能性を見出しました。

また、「栽培自動化のなかで最もネックになる工程は授粉作業」と教えていただき、授粉を自動化するロボットが最も役に立てるのではないかと考えました。

ー「収穫」や「授粉作業」などの課題が見つかったということですが、どのようにプロジェクトを進められたのでしょうか?

どのようにプロジェクトを進められたのでしょうか?

市川:ロボットの技術を農業に生かすために東京大学のものづくりスペース本郷テックガレージでプロジェクトが始まりました。

特に課題とされていた授粉を自動で行うロボットの開発に注力して、その過程で世界初のロボットによるイチゴの授粉に成功(2020年 HarvestX調査)し、開発した技術を社会に実装するため、HarvestX株式会社を創業しました。

最新のテクノロジーを駆使して自然界のハチには実現できない「綺麗なイチゴの安定生産」を目指す。

「綺麗なイチゴの安定生産」を目指す。

―人工授粉というと農家の方が筆で撫でているイメージがありますが、ロボットではどのように授紛を行うのでしょうか?

市川:HarvestXはハチの代わりに授粉を行うことを前提にして、ハチの生態を模倣した技術を開発してきました。

具体的には、花の上でハチが蜜や花粉を採取する際の様子を撮影した動画から、ハチの骨格を推定することで、間接的にハチが行なっている授粉動作の特徴を抽出します。

抽出した特徴量を授粉アルゴリズムに応用することでよりきれいな形のイチゴを形成する実験的な取り組みを行っています。

ーハチの生態を研究して再現しているのですね 。授粉によってイチゴの形が決まるのでしょうか?

授粉によってイチゴの形が決まるのでしょうか?

市川:イチゴの場合は同じ一つの花の中におしべとめしべが存在し、おしべの花粉がめしべに到達するか否かで果実が実るかが決まります。

めしべに対してまんべんなく花粉が付着するように均等に授粉しなければ、めしべの一部のみに授粉されてしまって、果実の形がいびつなものになり奇形などが発生してしまいます。

均等に花粉を付着させるため、授粉を行うブラシの接触方向を花の向いてる方向に合わせる必要があるのですが、従来の検出方法では、カメラの画像から花の位置までしか特定できませんでした。

そこで、3Dモデルとそのレンダリング画像を用いて、花の向きの教師データを生成する機械学習技術の開発に取り組んできました。

取得したデータに対して、人の顔がどちらを向いているかを検出するニューラルネットワークを応用して適用させることで花の向いてる方向を推定する技術を確立し、ハチには実現できないような綺麗なイチゴの安定的な生産につなげています。

「植物工場」からスタートして、最終的には農家さんにもソリューションを届けたい。

「植物工場」からスタートして、最終的には農家さんにもソリューションを届けたい。

ー農業は自然が相手で人の勘に頼るイメージがありますが、自動化する上でどのようなところに苦労されましたか?

市川:自動化で最も難しいのは、製品として現場で24時間365日耐えられるかどうかというハードルの高さです。

試作品として、完璧に動くのは大前提ですが、100台、1,000台、10,000台と増産した場合に、安定的に動く高い精度を保たなければいけません。

農業の現場では、通路の広さや棚の高さ、複雑な環境下での泥はねなども懸念されます。

ですから、現状は、棚の幅や高さ、通路なども均一なシンプルな「植物工場」から導入を始めて、最終的には農家さんに製品としてお届けできればと考えています。

ーロボットによる植物工場の自動化に取り組んでこられましたが、人間が行った方が良い部分もあるのでしょうか?

ロボットによる植物工場の自動化に取り組んでこられましたが、人間が行った方が良い部分もあるのでしょうか?

市川:完全自動化するにあたって、最後の砦と言われているのが「葉かき」です。イチゴは、葉がたくさんありすぎると風通しが悪くなり病気にかかりやすくなるので、古い葉を取り除いて調整することで、生育が良くなり、収穫量も増えます。

しかも、必要な葉を切ってしまうと株が育たなくなる可能性もあるので、不要な葉をきちんと判断したうえで、適切なタイミングで行う必要があるので容易ではありません。

上からだけの画像で判断するのではなく、根本から取らなければいけないこと、また、葉の紐付けをどうするかなど自動化には多くの課題があり、現在は人間の手で行なっています。

長い年月をかけて蓄積してきた農家のノウハウとテクノロジーの掛け合わせで未来につなげる。

長い年月をかけて蓄積してきた農家のノウハウとテクノロジーの掛け合わせで未来につなげる。

ー今の人参は昔に比較した栄養価が1/8以下という話を耳にします。植物工場で作られた野菜の栄養価は自然のものと違うのでしょうか?

市川:野菜の種類にもよりますが、葉物の場合は、土に安定して栄養を与え続けることができるので、むしろ栄養価は高いと言われています。

一般的なレタスと比べてカリウム含有量をカットして、腎臓疾患の方でも安心して食べられる低カリウムレタスなどもあります。

自然栽培と比較して、農薬もほとんど使わないですし清潔感もあるので、環境のレベルは高いのではないでしょうか。

ー植物工場の野菜は比較的栄養価も高く安心安全なのですね。今後、日本における食料危機などに対してどのようにお考えですか?

今後、日本における食料危機などに対してどのようにお考えですか?

現在は緩和されましたが、2020年のコロナ禍のように、グローバルな物流が途絶える可能性は十分にありますから、出来る限り国内で生産して余力を持たせた方が良いのではないでしょうか。

サプライヤーから加工会社まで、ここまでまとまっている国は他にはありませんから、食料自給率を上げるとともに、インフラの強化を図ると良いと思います。

ー現状、専業では難しい農家も増えています。今後の展望として、植物工場だけでなく農家に対しても提供されていくのでしょうか?

今後の展望

市川:農業に従事する方が減るなかで、作るのが難しい作物などに対して、テクノロジーでカバーする方が先決ではないでしょうか。

最近は、農家の設備も充実していて、土の下はコンクリートになっていたり、ロボットがより動きやすい環境に近づいています。

農家のみなさんが長い年月をかけて蓄積してきたノウハウを引き継ぎながら、テクノロジーを利用して助け合い、後世に伝えていけたらと思っています。

終わりに

いちご

key point

  • HarvestXは、閉鎖型空間で植物工場向けに、ロボットとAIを駆使した授粉工程や収穫工程を自動化するソリューションを提供している。
  • イチゴの生産過程において、栽培自動化のなかで最もネックになる「植物の管理」「授粉」「収穫」の自動化を行い、安定生産を実現している。
  • ハチの生態を模倣して授粉動作の特徴を抽出しアルゴリズムに応用することでよりきれいな形のイチゴを形成する実験的な取り組みを行っている。
  • きれいな形のイチゴにするために、3Dモデルとそのレンダリング画像を用いて、めしべに対してまんべんなく花粉が付着させてハチには実現できないような綺麗なイチゴの安定的な生産につなげている。
  • 野菜の種類にもよるが、一般的に葉物の場合は土に安定して栄養を与え続けることができるので栄養価は高いと言われている。

いかがでしたでしょうか?

農林水産省が公表している2021年度の生産額ベースの食料自給率は63%となっており、前回から4ポイント低下、過去最低を記録しました。

生産額ベースの食料自給率は、国内生産額から輸入飼料額を差し引きますが、国際的な穀物価格の高騰の影響が出たようです。

今後、食生活を支える農業において、持続可能な生産や環境負荷の低減を考慮した場合、植物工場への移行は避けることのできない大きな流れなのかもしれません。

「HarvestX」の完全自動栽培に代表される最新のテクノロジーと長い年月をかけて育まれてきた農家のノウハウの融合と実用化の推進が、未来の世代への「豊かな食」の安定供給につながるのではないでしょうか。

interviewee

HarvestX株式会社代表取締役社長 市川友貴

1997年生まれ静岡出身、高校在学時からロボットの研究を始め、様々な技術プロジェクトに携わる傍ら、大手電機メーカーやハードウェアスタートアップで組み込みエンジニアとして製品開発に従事。2018年東京大学本郷テックガレージにてHarvestXプロジェクトを立ち上げる。Todai To Texas 2020年

「DemoDayAward」 受賞、2021年6月HarvestX Lab 設立。2020年経済産業省 未踏スーパークリエータ受賞

PHOTO:iStock
TEXT:PreBell編集部

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