「『闘争』としてのサービス」と「イノベーション」
鮨は今や日本人だけでなく世界中で愛されている食べ物です。
しかし、鮨を食べに行くといっても、向かう先はもっぱら回転寿司という方が多いのではないでしょうか。
たまには本格的な鮨屋に行ってみたいと思っても、メニューがない、値段は時価、ニコリともしない親方がいる、などと聞くと行くのにかなり勇気が必要です。
このような状況のなかで、山内裕京都大学経営管理大学院教授は『「闘争」としてのサービス—顧客インタラクションの研究』を上梓しました。
今回は、山内教授より「『闘争』としてのサービス」と「イノベーション」についてお話をお伺いしています。
京都大学経営管理大学院で経営学を研究しています。2010年に米国から日本に戻ったとき、サービスのプログラムに参加することになり、サービスについての理論構築、サービスデザインの方法論開発を行っています。
2012年に京都大学デザインスクールを立ち上げました。デザインスクールの共通科目では、組織や社会のデザインやエスノグラフィーを担当しています。
2021年からは京都クリエイティブ・アッサンブラージュを運営しています。これは文部科学省の「大学等における価値創造人材育成拠点の形成事業」に採択されたプログラムです。基本的にはサービスの研究の延長で、イノベーションを起こすにはどうしたらいいかという研究を進めています。
『「闘争」としてのサービス』の研究を始めたきっかけはどのようなことだったのでしょうか?
米国から帰国したとき、日本企業を研究しても世界的にはあまり注目されない状況でした。インタラクション(人間と人間の相互行為)を研究したかったので、鮨屋の研究を始めました。鮨は誰でも知っていますし、世界中に好きな人がたくさんいるからです。
サービスとはお客さんを喜ばせるものと考えられていますが、高級な鮨屋はおかしいです。店に入るのに緊張するし、品書きがなく値段もわかりません。親方にいたってはお客さんを喜ばそうとしていません。
親しみやすくわかりやすい通常のサービスから大きく外れています。何かおかしいのでそれを研究しようと思いました。親方とお客さんが直接やりとりしているところをビデオで撮って観察し、分析します。
サービスの根源は客をまず否定することにある
『「闘争」としてのサービス』について教えていただけますでしょうか。
お客さんにサービスの価値を知ってもらうために「うちのサービスはあなたが考えているレベルではなく、もっと格上だ」と提示します。つまり、サービスの価値を出すためにお客さんを否定するということです。お客さんの知識、経験などのレベルを否定して、そんなもんじゃないというわけです。
否定されたお客さんは、自分がそこにふさわしい人間であると示さなくてはいけません。フレンチやイタリアンを食べに行ってわけがわからないフランス語やイタリア語のメニューが出てきても、背伸びして振る舞うわけです。
サービスの根源はお客さんを否定することにあります。それがサービスを提供する側とお客さんの「闘争」ということです。
なぜお客さんを否定するのでしょうか?
もし鮨屋の親方がお客さんを喜ばそうとして、ニコニコして情報を全部提示して居心地をよくすると、お客さんは「この親方は客からの評価を気にして自分を喜ばそうとしている」とわかってしまいます。
そうするとお客さんに対して親方の地位が低下するわけです。地位が低下した人からのサービスは価値が下がります。なのでニコニコしてお客さんを喜ばそうとするとお客さんは喜ばなくなるのです。
愛想がない親方はお客さんのために仕事をしているのではなく、自分の鮨を極めるために仕事をしています。それを食べさせてもらうとその鮨にはすごく価値が出るのです。
日本には愛想笑いをしない親方がいる反面、お客様は神様という考え方もあります。これらはまったく別のものなのでしょうか?
お客様を神様だと言っている提供者が誰なのかという問題です。例えば、茶の湯で亭主が居心地のいい空間を作るのは当然のことです。
しかし、それはお客さんにとって知的な読み解きがあったり、選ぶ道具に意味が込められていたり、亭主の力量が示されてはじめて楽しめるわけです。お客様は神様だと言いながら、自分の力量を示さなければなりません。
また、資本主義的な枠組みでは当然のことですが、お金を対価としてサービスを提供するときにお客さんが誤解することがあります。金を払っているんだから満足させろ、と。
日本人が本来持っているおもてなしの精神は、お客さんの要望をすべて聞き入れることではありません。おもてなしがお客さんを一方的に喜ばせることであるというのは誤解です。
闘争として価値を高めていくのと、安くて毎日食べても飽きないものを作るのは、全然方向性は違いますが後者もかなり難しいことです。
サントリーの名誉チーフブレンダー輿水さんは、自分のライフワークは角瓶だとおっしゃっていました。「山崎」や「白州」で受賞した人が毎日飲んでも飽きないものを作るのがどれだけ大変かと言われるのです。
客を喜ばす方向にいこうとすると消耗してしまうことはあると思います。客の方も、単に安いものだけを求めるだけでは、価値のあるものを得ることはできません。
客のニーズを裏切り、自分が作りたいものを作る
お客さんを喜ばせようとするせいか日本企業の製品はオーバースペック気味ですが、AppleはiPhoneなどこれまで世の中になかったものを出していますね。
それは今やっている京都クリエイティブ・アッサンブラージュでの研究に近い話です。Apple以外の商品は基本的にお客さんを喜ばそうとしています。ニコニコしてお客さんを喜ばそうとする提供者と同じです。
Appleはときおりお客さんのニーズを裏切ったりします。彼らは彼らが作りたいものを作ります。よく言われることですが、お客さんに見えない裏側の配線の美しさにこだわったりするわけです。
お客さんのほうを見てお客さんを喜ばそうとする企業がほとんどなのに、Appleは違う方向を見ています。Appleの商品を使うと何か謎を感じ、Appleが向かっている世界観は何なんだろうと引き込まれていきます。ここでの価値の源泉は、客の要求が満たされるということではなく、新しい世界を知りたい、新しい自分を感じたいという衝動のようなものです。
Appleやスターバックスは、独自のブランド価値を保ちながら大衆に支持されていますね。
スターバックスは1971年にシアトルで開業しました。1966年にアルフレッド・ピートが豆と焙煎にこだわって作ったスペシャルティコーヒーの世界観に魅了された若者3人が創業し、1987年にハワード・シュルツが引き継ぎました。
やはり87年以降の躍進こそがスターバックスの価値を示していると思います。同年公開の米映画『ウォール街』で主人公ゴードン・ゲッコーは「欲は善だ」と言います。当時は、欲望のままに商売して、重苦しい支配階層を破壊しようとする異議申し立ての時代でした。今では批判されるだけの新自由主義の思想ですが、当時はそれなりに社会批判でもあったのです。80年代は軽いものがカッコいい時代だったのです。
シュルツさんはこの年にカフェラテやフラペチーノを投入しました。もはやコーヒーの味はどうでもいいぐらいミルクの入ったカフェラテは、重苦しいコーヒー通の文化ではなく、80年代的な軽いカッコよさです。甘くて冷たい、欲望の塊のようなフラペチーノを選択できたのは時代感覚です。ピート氏に影響を受けた当時のコーヒー店の経営者のほとんどは、このような商品を選択できませんでした。逆に、そんなものはコーヒーではないと批判したのです。それをやってのけたスターバックスの成功は、歴史を作るイノベーションだったと思います。
イノベーションはいかにして起こるか
イノベーションとは何でしょうか。
イノベーションとは世界観を作ることだと思います。それはどんな世界観でもいいというわけではなくて、その時代の人々の自己表現と結びつくような世界観だと思います。
それを作るための第一ステップは、ちゃんと社会の変化を感じ取れるかということです。例えば1997年にAppleに復帰したスティーブ・ジョブズは1998年に半透明でカラフルなiMacを発表します。
1990年代前半からMS-DOS、Windows 3.1、Windows 95と激動の技術発展がありましたが、Windows 95とWindows 98はあまり変わりませんでした。1998年は技術進歩に停滞が見え始めた時代です。そのときにiMacが生まれます。
技術にこそ価値があって、99%の人はお金があったらメモリを増やすという時代に、後ろからみてかっこいいiMacを作れるというのは、時代の変化がわかっているということだと思います。
イノベーションを学んでいる学生に向けてアドバイスがあればお願いします。
YouTubeを見てもマンガを見ても、それが今の社会にとってどのような意味があるのか、他の作品との関連で考えなくてはいけません。好き嫌いで判断してはいけません。一個一個はランダムに見えますが、星座として配置していくと何か動きが見えてきます。これを文化の星座と呼んでいます。
YouTubeやマンガだけでなく政治などもシンクロしています。2016年にトランプが当選したのはなぜか、それと同時にAIが一気に出てきたのはなぜか。今、社会はものすごく変化しています。経営者には、社員たちが議論して星座作りをやるような組織を作ってほしいと思います。
99%の人が考えている価値観とは違う、むしろそれとは真逆のあり得ないものが作り出されたときにイノベーションは起こります。99%の人ができない選択をできるかどうかが大事です。
key point
- サービスの根源はお客さんを否定することにある。それがサービスを提供する側と客の「闘争」である。
- イノベーションとは世界観を作ることである。それはその時代の人々の自己表現と結びつく。
- 99%の人が考えている価値観とは違う、むしろそれとは真逆のあり得ないものが作り出されたときにイノベーションは起こる。
いかがでしたでしょうか。
ニコリともせず味一筋を追求する鮨屋の親方は、一見お客さんを否定しているように見えます。
素人のお客さんにはわかりづらいですが、親方はお客さんのことをきちんと見ています。
いつ何を出すかタイミングを見計らっていたり、次の来店のためにお客さんの好きなネタをメモしていたり、実はお客さんを気づかっているのです。
たまにはちょっと背伸びをして、回っていない鮨屋に足を向けてみてはいかがでしょうか。
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PHOTO:iStock
TEXT:PreBell編集部
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